もちろん日本も昔戦争していたことは知ってるけど、終わった話でしょう? もう戦争しないって言ったんでしょう? そうじゃなきゃ怖くて見たくないし、知りたくもないんだよ。

なんだか、知れば知るほど、戦争との距離が近くなるようで怖い。自分とは無縁であってほしい。

お母さんだって戦争を知らない世代なのに、なんだってそんなに興味を持つんだろう。お母さんは戦争を知っている時代の人を知っている。そこがどうも自分とは違うようだった。

少女時代の光江には大好きな大叔母がいて、当時としてはモダンな雰囲気で憧れていたその大叔母の悲恋の話に心酔していた。

大叔母は人生でたった一度、大恋愛をした相手がいたという。でもその彼が学徒出陣で戦地に行くことになり、もうきっとこれが最後と覚悟を決めて明治神宮外苑の競技場で学徒出陣の行進を見送ったという話だ。

初恋のその人の姿をたくさんの若く凛々しい青年たちの中に必死で探し、涙ながらに『海ゆかば』を合唱したという。あの合唱をこれから戦地へ行く青年たちは一体どんな気持ちで聞いていたのだろう。

雨の中、足元の泥はねで汚れながら前方をキリッと見据えて歩いていく姿。これが最後の姿と思うと、すべては涙でかげろうのようだったという。

海ゆかば水漬くかばね山ゆかば草むすかばね大君の辺にこそ死なめかえりみはせじ

それで夏の終戦記念番組などでこの曲が流れると、光江はまるで自分のことのように声を詰まらせて戦争について話し出す。

「この歌はね、本当は奈良時代の大伴家持が書いた万葉の歌なのよ。軍歌じゃないのに戦争のせいで軍歌になっちゃったのよ。しかも歌うと、尊厳を持って死んでいく姿を想像させるようで、覚悟しちゃうのよね。もうこの歌を聞いただけで切なくなって涙が出ちゃうわ。

戦争は、喜びも悲しみも、感情という感情がみんな利用されて、特に怒りや悲しみの感情は特別ね。感情が支配されると、だんだん何が真実かわからなくなって大きな力に飲み込まれてしまう。

戦争に行きたくないって言えなくなるし、行かないでって言えなくなってしまう。本当に、大伴家持も自分の書いた歌がこんな悲しい軍歌になるなんて思ってもみなかったでしょうに。

 

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