「彼」とのこと
更に、右手の障碍があった。変形していたせいで肉球に負担がかかり、ある日裂傷を負ってしまったのだ。彼には外を歩くことが難しくなった。
私は、彼をバギーに載せて、公園に連れて行ったり、病院に通ったりした。彼は体重四キロ程度だったが、車輪はゴトゴトと音を立て、坂道や舗装の荒い道路は大変だった。秋も長い間暑く、車を押して歩くと汗がダラダラと流れた。しんどいとは思っていたが、辛くはなかった。それより、彼の足の痛みを考えると、その方が辛かったのだ。
彼に、犬用の靴下の底にスポンジやコットンを重ねて衝撃を和らげるようにしたものを履かせ、公園までバギーに載せて行く。少しでも痛くないよう滑らかなタイル敷きの床で降ろし、ゆっくり散歩する。
犬は歩かなければ便意が起きにくい。痛そうでも、彼の体の為には歩かなければならなかった。かつての軽やかな歩様と違って、右手が引っ掛かるような足の運びを、胸の塞がる思いで見守った。
パートナーと私は、彼の為にできることは、全てしようとした。
まず、今の彼にとって一番いい病院探しから始めた。泌尿器系について評判のいいお医者様を人に聞いたり、心当たりに電話をしたりして、やっと探し当て、定期的に通うようになった。
生で食べていた野菜は茹で野菜にして、毎晩翌日分を作った。
彼はこの茹で野菜を殊の外気に入ってくれて、作り始めるとキッチンに様子を見にやってきた。私が、
「味見ね」
と言って、小さな器に、一口大に茹で上がったキャベツや大根を冷まして入れると、機嫌よく食べてくれる。以前、病院で、
「食いヂカラという事があります」
と言われたが、具合が悪くなっても彼の食欲は衰えることが無く、それが私達の支えだった。
季節が晩秋になった頃、一時期、歩き方が本当にヨロヨロしてきて、それまで平気で登っていた畳んだ毛布に乗れなくなり、私はわざと毛布をクシャクシャにおいて、彼が寄り付きやすいようにした。見た目は悪かったが、なりふり構っていられない。