彼は暑がりだったが、寒くなってくると、昔から上手に毛布にくるまってみせて、私達を悶絶させたものである。全身で潜り込むことが出来なくても、こうして毛布の襞に入ってまどろむ姿は、相変わらず私の心を温めた。
困ったことに、睡眠時間が長くなったせいで、彼の肉付きの薄い足には、床擦れができるようになってしまった。病院で診てもらうと、
「毎日、薬を塗って、包帯を変えて下さい」と言われた。
ところが、パートナーが一週間程泊り掛けで出掛けると言う。つまり、世話をするのは私である。最近ようやっと抱っこ出来るようになったとはいえ、私がむやみに触ると、彼の機嫌は悪くなり、本来の危険生物根性が発動する可能性が高い。私は心底恐怖したが、仕方なく、多少の負傷は無視して手当をする覚悟をした。
とはいえ、やはり痛いのは勘弁してもらいたい。私は、二重に軍手をはめてぎこちなく事に及んだ。
ところがである。彼は大人しく私の膝の上に仰向けになった。凶悪な顔付きながら、
「とっととやれ!」
とばかりに身を任せる。嫌々なのは間違いないが、私の手は無傷で手当てを終わらせる事ができた。
包帯を巻き終わった時、安心と感激、そして哀しみで、滅多に泣かない私だが、涙が止まらなかった。彼は私を、今までよりもう一段深く受け入れてくれた。でも、それは一種の諦め交じりだったことを、私は知っている。自分の衰えを静かに受け入れているのだ。切なくて愛しくてたまらなくなり、私は、彼の形のいい額をそっと撫でた。彼はやはりちょっと不満気だった。
彼の状態は、ゆっくりと、しかし確実に悪くなっていった。季節は冬を終え、春がゆるゆると過ぎ、初夏から梅雨へと移った。
私達はバギーで散歩をし、彼の喜ぶ食べ物で精をつけてもらい、快適なベッドを気候に合わせて取り替えた。不安だったが、それでも穏やかに凪いだ、静かな幸せの時間だった。
入梅の頃から彼は呼吸が苦しくなり、一度は病院でひきつけて、緊急処置を受けた。
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次回更新は12月9日(月)、11時の予定です。
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