「彼」とのこと

「吠える」「噛む」「怒る」。飼い犬としておよそ失格な事は、全て彼の日常だった。インターホンが鳴る度に、チワワとしては信じられない胴間声で吠えまくり、虫の居所が悪いといきなり私の鼻先に噛みつき、子供が歩いてくると激怒した(彼はとんでもない子供嫌いだった)。見た目は物凄い可愛さなので、

「撫でていいですか?」

とよく聞かれたが、彼は、人を近づける事のできない危険生物だ。毎回、

「お怪我をされるといけませんので」

と、丁寧にお断りしていた。

また、彼は、小さな体からは考えられない程、よく食べた。フードはパートナーのこだわりで輸入品。国産より心持お高めだった。野菜も大好きで、レタスをよくシャリシャリかじっていた。

私達の食べているものは何でも欲しがって、いけない事だが、果物はもちろん、ケーキ、クッキー、米、餅、納豆、アイスクリーム、犬に毒にならないものなら、何でも与えた。すっかり抱き癖のついた彼を席に着いたパートナーが脇に抱え、ねだられたものを私と一緒に与えながら食事をするのが当たり前だった。パートナーに言わせると、「食いしん坊で欲張り」で、その欲望への忠実さが、むしろ可愛くてならなかった。

活発な子で、散歩が大好き。右手の障碍は、この頃の彼には全く関係無かった。力が強く、急に走り出して、リードを持つ私も、

「待ってぇー!」

と叫びながら、引きずられて前のめりに走った(通り掛かりの人に、よく笑われた)。

パートナーにはあんなに抱かれるのが好きな癖に、私に抱かれるのは大嫌いで、無理やり抱え上げようとすると、容赦なく噛みつく。チワワだから被害はそこまでではなかったが、まぁまぁ痛い。すぐに沸点に達する直情型で、どこが限界点かよく判らず、私はしょっちゅうヤられていた。

パートナーが外泊の用事がある場合等は、私が泊まり込むので、ペットホテルに預けられる事は無い。基本的に丈夫な彼は、病院にかかる事もそんなには無い。それでも、ちょっとしたケガ等で私達以外の人の手に扱われる時、彼は細い手足をブルブル震わせた。とんでもない内弁慶だったのだ。そして、そんな時だけ私におとなしく抱っこされた。

考えてみると、私はDV野郎のダメ男に入れあげていたという事になる。これが、人間の男相手だったら、後から考えて、「馬鹿な事をした」と後悔ばかりしそうだし、第一、最初から関わらない。しかし、彼に対しては、理性は全く働かなかった。そんなところも含めて、彼の全てが愛しくて愛しくてたまらなかっのだ。