四歳の彼に出会ってから約八年間。吠えられて、噛まれて、怒られて。引きずられて、ねだられて、甘えられる。小さなエネルギーの塊から振り回される喜びに、私は耽溺した。被毛はフサフサと輝き、大きな黒い瞳がキラキラと光った。自慢の美しい彼だった。実は、私はこの間に、一つだけ大きな功績を挙げていた。トイレ・トレーニングに成功したのである。

尿意や便意を私達に伝えて、バルコニーで用を足すようにする。ちゃんと出来れば、お気に入りの粒菓子がご褒美だ。ほぼ百パーセントの割合で、彼は粗相をしなくなった。パートナー曰く、

「食いしん坊で欲張りだからな」。

何だって構わない。彼は、ヤれば出来る子なのだ。吠えたり、噛んだり、怒ったりしなければ、完璧な存在になったのである。

それは、永遠に続くかと思われた幸福だった… 。

九年目の夏、彼は体調を崩した。暑さに対応できない。高齢犬になったのだった。だんだんと毛艶が失われていき、眠っている時間が長くなった。値段を尋ねられた以前と違って、

「年を取っとるねぇ」

と言われるようになった。多少の抵抗はあったけれど、私にでも抱えられるようになった。

けれど、私にとっての彼の魅力が衰えることは、全く無かったのである。犬は、その犬種のチャームポイントが弱点になると言われる。ダックスフントだと、胴の長さと足の短さが災いしてヘルニアになり易いし、ブルドッグだと鼻の短さのせいで、呼吸に支障を抱えたり、そもそも、大きな顔と細い腰のせいで帝王切開でしか生まれない。

チワワの場合、弱点の一つは細い足である。そして、犬は総じて心臓や泌尿器の病気になり易い。彼も心音に濁りが混じり始め、時々血尿になったり、便の出が悪くなったりして、病院にかかる事が増えた。

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次回更新は12月2日(月)、11時の予定です。

 

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