年のころにして、十五くらいだろうか、くりっとした美しい青い瞳、腰まで伸ばしたつやのある長い黒髪が揺れている。身にまとった一見すると白色の、オフホワイトのワンピースには袖がなくて、ゆとりのある柔らかな布で織られている。
「……ラファ、今は後にして」
「呼んでくれたのね。涼」
彼女は嬉しそうに私の腕をつかむ。くるりと身をひるがえすと、白いふくらはぎをあらわにしつつ、大きく口を開けてこちらへ笑いかけた。
彼女の足元に影はない。隣で揺れているカーテンが、どうにも薄気味わるい。
「ねぇ。妹さんからの手紙、読まなくていいんじゃない? 今ごろになって急に手紙を送ってくるなんて、自分のことを何様だと思ってるのかしらね」
「ラファ、少し黙っててくれないかい?」
「……ごめんなさい」目を伏せる少女から、私は手の中の手紙を見つめることで意識をそらす。
私が家族と遠く離れて暮らす理由は他でもない。
――統合失調症を患っているためだ。
統合失調症というのは、聞こえるはずのない音が聞こえたり、見えるはずのない物が見えたりする病である。幻聴や幻視といった症状を主徴とする精神の病である。
その病態は千差万別。一つとして同じものはない。
私自身、他の人にうまく説明できたためしがない。この病についてあまり知らなかった時代、同じ病を持った人の話を聞いてもよく分からないと思うことが多く、統合失調症のことは全くぴんと来なかった。
一つ言えるのは、それが病だと自覚される以前、私の存在こそが家族にとっての「病」だったということである。
精神の病を発病すると、得てして人は他人のことを思うゆとりを失うものだ。
いろいろな事柄に対しての無知が原因になり、私のことを理解する知識も素養も、はたまた余裕も精力も、私の家族には長らく備わらないままであった。私もまた、自分自身の激しい心の揺れ動きをどうすることもできなかった。それゆえ私は、正式な診断が下ったのちも精神科の病院にたびたび入院するはめに陥った。
その時分からであったろうか。ラファ……つやのある美しい黒髪と、青の瞳を持つ少女が私のかたわらにやってくるようになった。その少女が何者なのか、それは今でも分からない。
入院していた病院の中で見えるようになり、それからというもの、ふとした時に現れる。
中学のころ、「この子は天使なのかもしれない」と思っていた。ラファは私に、いつも優しい言葉をかけてくれる。
しかし、長ずるにしたがい、私はこの少女のことに疑問を持つようになった。いったいラファは何者なのだろう。
私に優しい言葉をかけてくれるラファは、私が「優しい」と思う言葉を、いつだって私が言う前に、どうして知っているのだろう。
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