第一章 新生
アンリは先ほどから、手の中に入ってしまうような小刀を飽きることなく眺め回していた。数か月前に手に入れた、ヴァネッサの民が作ったという小刀だ。
「これが、なぜあのような小さな村で……」
思わずため息を漏らしてしまう。技術の高さは誰の目にも明らかだ。
薄い刃、鋭利な切れ味、それに加えて婦人用かと思うほどに優美な形体は真似のできぬものだ。柄の部分に浮き彫りにされた鈴蘭の花房は、装飾的な美しさばかりでなく、握った手に吸いつくように心地よい。
……これをシャン・ド・リオンでも作れぬものか。
シャン・ド・リオンの領主アンリは、十六も年の離れた王の末弟である。現王ジャン・ルイの統治のもと、この国は概(おおむ)ね七つの領国によって治められている。
国土を南北に縦断して流れるマテウス河を挟み、東に三つ、西に四つある領国のうち、西側で最大の勢力を誇るのがこのアンリが治めるシャン・ド・リオンだ。
王には三人の弟がいた。三つ年下のジャンは、体躯(たいく)ばかりは優れて頑強だが、世辞を好み甘言に惑わされやすいところがある。
ジャン自身には王座を狙うだけの下心も器量もなかったが、謀反(むほん)を企てる者が御輿(みこし)に担ぎ上げるのにこれほど打ってつけな男もいない。
だから王はジャンに一国を与えず、体裁よく側近の座を与え、常に目の届くところに置いている。
七つ年下のルノーは、おとなしく内気な気性で頼りがいもなく、足の指にできた小さな傷がもとで、もう十四年も前に死んでいた。
末弟のアンリは、腹違いで年も離れているため、他の弟のように慣れ親しんで育ったわけではないが、凡庸な中二人の弟と違って才知に優れ、早いうちから見どころがあった。
【前回の記事を読む】二百年閉ざされていた村に初めての訪問者が来た。この男が、どうしてこの村の存在を知っていたのかと村人の不安は膨れ上がり…
次回更新は11月21日(木)、18時の予定です。