「はあ。グランターニュ山脈を越えた向こうから来たお人だとは聞いておりましたが、まさかギガロッシュの悪魔……」

もうすっかり怯えをなくしたペペはうっかり口を滑らせて、ひっと息を呑み込んだ。

「いえ、その、悪魔が棲むと……おらたちはギガロッシュのことを恐れておりますんで……そのぉ」

「まあいいさ。その恐ろしげな所から出てきたことは秘密にしているんだね?」

ファラーの言葉にペペは黙って頷いた。

ペペと名乗るこの男が来てから、村は長い眠りから覚めたように動きはじめた。その日からおよそ半年の後、突然八十騎もの兵が村に来た。

二百年もの間、誰に知られることもなくひっそり隠れていた村に突然鳴り響いた蹄鉄(ていてつ)の響き。

村人は何が始まるのかと恐怖に包まれた。外の人と殆(ほとん)ど接触したことがなかった彼らにとって、それは天地がひっくり返るほどの出来事だったが、その兵を率いて戻ってきたのが村の青年だったことは彼らの驚きに輪をかけた。

馬上で炎のような金色の髪をなびかせていたシルヴィア・ガブリエル。仮死で生まれ、しかし、この村を救うべき運命を背負った彼が、二百年の封印を解きに戻ったのだ。

村人はあの日を境にギガロッシュの岩の奧から解き放たれ、広いこちらの世界に移り出て、今ではヴァネッサの民と呼ばれるようになった。

たった一人の青年の知恵と情熱が奇跡を起こしたのは、あの日……そう、あの日だ。

あれからもう三年半の年月が経ち、閉塞されていた村人は今、広い世界の中で新たな波に揉(も)まれている。