「だから、なんのって聞いてるのよ!」
キーラを少し苛々させたかと思うと気分がいい。こっちのペースだ。
「あっちの自治県に車で入るにはこの許可証がいるんだよ」
エゴルは顎をしゃくって前方をさした。
「あっちまでいくことあるの」
「うーん、めったにないけど、たまに新聞記者とかレポーターみたいなやつを乗せていくよ。向こうからこっちへは割とルーズだけど、こっちから入るにはこれがいるんだ」
「その許可証って、どうやって取るの」キーラは興味深げだ。
「けっこう大変だぜ。こっちの役所にまず申し出て、それで許可がおりたら今度は向こうの役所にその書類を添えて申請してって具合さ。俺はタクシー業務ってことで許可をもらってるけど、一般車両はどうかな。何かもう一つ別の許可証があったと思うけど、よくは知らないよ。歩いて入るならパスポートさえあればいけるけど、あんなところまで歩くやつもいないだろうな」
「あんたはこれ持ってるから、いつでも自由に出入りできるってことなの。自治県を通って向こうに出ることだってできるわけ?」
「通り抜けか? それは無理なんだ。それをさせないための通行証なんだよ。ここにA3って書いてあるだろ、これはA3検問のことで、俺の許可証だとここから入って同じところから出なきゃいけないんだ。入ってから二十四時間以内に出れば申請なしでいいけど、それ以上の滞在だと事前に届け出しないと罰金を払わされるんだ」
「入っちゃえばこっちのものじゃないの? 実際には」
「さあな。やってみたことがないからわからない」エゴルは肩をすくめた。
「なんでそんなに熱心に聞くんだよ。いってみたいのかい」
キーラは許可証のケースを指でつまんだまま、しばらく上目遣いに宙を睨んでいた。
【前回の記事を読む】俺は少年が好きなのか?ちがう!そんなはずはない…若い女たちの顔を思い浮かべようとしたが、現れた顔は、やっぱり彼だった。
次回更新は11月21日(木)、21時の予定です。