キーラは体を半分こちらへ向けて、ふふんと笑った。小馬鹿にしやがって。エゴルはそんな気持ちを隠して車を走らせた。
小さな村のことだ。人家の集まったところはあっという間に通りすぎた。耕地を抜け、手入れの行き届かない果樹園の間をくぐり、知らぬ間に通りすぎてしまうような橋を渡ればもう村の外れで、ここからはしばらく林道が続く。エゴルは林道の入口で車を脇に寄せた。
「で、この先はどちらまで?」わざと突っ慳貪(つっけんどん)な口ぶりだ。
「ここでいいわ。ちょっとあんたと話がしたかったのよ。誰にも邪魔されないところで」
リップグロスのてらてらと光る唇がご期待どおりなことを喋った。妄想くらいはした場面だが、現実となると気がつまる。エゴルはハンドルを握ったまま身動きができなかった。
「この間のことだけど、誰にも喋ってないわよねえ」
なんだそのことか。がっかりと言えばそうだが、気持ちはいっぺんにくつろいだ。
「言うわけないじゃないか。俺は女みたいにベラベラ喋らないよ」
「女みたいに、っていうのはどうだか。あたしの知ってた男なんか、ちょっと脅されたらびびりまくって何もかも喋っちゃうようなやつだったわ」またこれか、とエゴルは顔を歪(ゆが)めた。
脚を組み直したキーラの太股(ふともも)が目に飛びこんで、すずらんのようなコロンの香りが漂った。
「お前さあ、無理するなよ。そんなこと言って背伸びしてるつもりかどうか知らないけど、あんまり自分の値打ちさげるもんじゃないぜ。十分かわいいんだしさ」
年長者ぶって意見するエゴルにキーラはぷいと顔を背けた。説教されるためにきたんじゃないわよ、という態度がありありと見えたので、エゴルはそれ以上言わずに窓の外を眺めた。
そうしているうちに、キーラがダッシュボードの上に載った「許可証」と書かれた水色の札を見つけた。
「なんなのこれ」
「車両通行許可証さ。そう書いてあるだろ」