【3日】四肢、手指、足の踵などで動きが出ているグロブリン療法が続いていたが、両手の指と左足がほんの少し動き出した。娘が私の手を触り、私の手のかすかな動きがわかったらしい。腕は上がらない。でも、たったこれだけのことが、信じられないほど嬉しかった。一日中朦朧としていることはなくなったが、人工呼吸器のチューブが喉に当たって痛い。痛み止めを強くすると呼吸が弱くなり血圧が下がりやすいそうだ。
痛みから解放されたい、喉を切開して直接チューブを入れてほしいと思っていた。今更喉の傷を気にするような年齢ではない。私は声が出せなくなった。話ができないことの辛さは想像を超えた。口パクで話すが、なかなか通じない。首から上のマヒのせいで、口の開け方が不自然で伝わらなかった。文字盤で1文字ずつ指してもらいながらの会話は、時間がかかる。30分の面会時間で、ふた言話せれば上等だ。そういえば、いつか見たスパイ映画でこんなシーンを見たような気がする。
【4日】血圧83/58両膝立て可能、挙上10センチ程度可貧血進行、リクシアナ中止神経生理検査、末梢神経伝導速度検査文字盤使用で会話可11時20分ICUより転入要手を握ることができ腕も少し動く。左の膝も曲がるようになった。動く感覚は1週間ぶりだった。まだ薬の効果が出るには早かったのか、担当医も看護師さんも驚いていた。手が動くようになったことで、魔法がとけたように以前のしわしわの手に戻った。
相変わらず、点滴が途切れることはない。この急激な回復が、新たな問題を引き起こす。「こんなに動かせるなんて、医師と看護師もびっくりしています。しかし貧血がひどい。今日のヘモグロビンの値は9。現在は点滴で補っている。他の数値に問題はないが、続くようなら内臓からの出血を疑う。MRIを撮る必要があります」病気になる前は、貧血とは無縁だった。
入院してから寝たきりで、エコノミー症候群の予防に血液を固まらせる働きを抑える薬(リクシアナ)を点滴で入れていたが、内臓の出血の疑いでこの薬は中止になった。中止にしたことで、翌日に血栓が見つかるが、寝たきりでは仕方がない。点滴に鉄分も加わった。私は研究用に採血をすることを了承していた。
年間10万人に1人という病気だから研究材料も少ないだろう。これからの治療に役に立てれば嬉しい。私は採血で血を採られすぎて貧血になったのだと思っていたのだから能天気な患者だ。
【前回の記事を読む】脳からの指令を手足へ伝達する神経が機能しなくなる。喉の筋肉も動かなくなり、しだいに呼吸困難になっていった。
次回更新は11月19日(火)、22時の予定です。