第2章 せん妄との闘い
幻覚と現実の交差
注射器で毒を打たれそうになり、私は打たれまいと速い呼吸を繰り返していた。
「落ち着いて、深呼吸して、ゆっくりと」
看護師さんの顔が目の前に見えた。点滴の針を取り替えているところだ。それなのに殺人鬼扱いされたのでは、看護師さんもたまったものではない。
私はラジオ局に助けを求めた。病院に監禁されている私と家族を助け出してくれと訴えた。しばらくすると大勢の人が病院を取り囲み、何人かが病院に侵入してきた。無事に娘と孫は助け出され家に送ってもらった。
殺し屋の看護師が3人がかりで私にのしかかっていた。とうとう腰の骨を折られて殺されると覚悟した。
どうやら私の便秘がひどく、看護師さんがお腹を擦ってくれていたようだ。せん妄は微妙に現実と交じり合う。
「昨夜何人くらい逮捕されたんですか?」
そう私に聞かれた看護師さんは「はぁ……」としか言いようがない。
夜中に眠れなかった私は大勢の警官が、病院の中になだれ込む気配を感じた。
「確保!」
「逮捕!」
あちこちで声がする。最終的に50人が逮捕されたことを、私はどこから聞いたのだろう。
寝られなくて悶々としていると、廊下から娘の声が聞こえてきた。私の病室を探していた。本当はたびたび見舞いに来ているから、部屋を知らないわけがない。
「娘が来ているから呼んできてください」
看護師さんに必死に訴えた。
「もう面会時間ではないから、来ていませんよ」
そう言われても私には納得できない。娘に居場所を知らせようと強硬手段に出た。動き出した手で指に挟んであった医療器具を外して、ベッドの柵に打ちつけた。声がするのにどうして呼んでくれないのか、いらついたり悲しかったり。もう、完璧なブラック患者である。
一般的なせん妄よりも私の場合は長く続いたような気がする。精神科の医師が私を診察しに何度か、病室まで来ているのだ。幻覚があんなにリアルなものだとは、想像もしなかった。
私の趣味を言うべきかもしれない。私は推理小説や、ホラー小説が大好きだ。そして以前シナリオの教室に行き、エッセイ教室には長いこと通っていて、妄想癖がある。そういう感性がせん妄に拍車をかけたと言えるかもしれない。
信じてもらえないかもと思ったが、他にももう一人だけ幻覚をストーリー化したせん妄の患者の話を聞いたので、私だけではないのだと少し安心した。