第2章 せん妄との闘い
幻覚と現実の交差
次は4人部屋で目覚めた。私は廊下側のベッドで、その向かいの窓側の患者が亡くなったらしい。私はその人を見ていないが老人と直感していた。ベッドの脇に案山子のような人形が立っていて、看護師さんが老人の服を着替えさせていた。その時聞こえてきた物悲しい音楽を、私は葬送の曲だと思った。
すると突然2人の男性がベッドを持ち上げ、その老人をベッドごと窓から放り投げたのだ、驚いて次は私の番だと覚悟した。ちなみに私はmRSレベルは死亡の手前の状態ではあったが、決して危篤というわけではなかった。
目を開けるたびに違う病室にいると思い込んでいたが、娘や看護師さんは私の病室はずっと変わっていないと言った。唯一動く首を左右に振りながら、病室が違う証拠を掴もうと躍起になった。窓からは土手が見えて(実際には土手はなかった)、なぜか自動車が窓に立てかけられていた。
病室の天井の隙間から、ずっと私を見張っている医師がいた。これはせん妄によく見られる幻覚らしい。夢は目覚めた時には忘れることも多いが、私はせん妄で見た幻覚を不思議なことによく覚えている。ただ時系列となると、めちゃくちゃと言ったほうがいい。
幻聴が激しい時もあった。隣の部屋で揉めている声で目が覚めた。医師と看護師が10人ほどで輪になって立っていて、その中心で院長が話していた。隣の部屋の様子が見えるわけがないが、声もはっきり聞こえた。体の機能が停止したから、その分聴力が発達したと私は本気で思っていた。超能力者になった気分だった。
私がまずいことを目撃したらしく、院長は私を殺そうと言っていた。殺しに反対する人たちもいる。そのうちに揉み合いになり、私の担当医が殴られて目の周りに真っ青な痣を作っていた。実にきれいな青だった。