第2章 せん妄との闘い

〈せん妄……それほど強くない意識障害に幻覚、妄想や運動不安が加わった精神状態。慢性のアルコール依存症、老人性精神病、糖尿病その他の症状精神病で多く見られ、心因反応の場合にも現れることがある。慢性アルコール依存症で振戦せん妄がみられる。これは突然の断酒や大酒のあと、感染症にかかった際などに、手指の粗大な振戦とともに錯覚や幻覚が現れ、見当識を失い、思考も錯覚する状態である。数日の間に深い睡眠に入ったのち回復する。ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典〉

手足が動きにくくなった日の夕方には、私はギランバレー症候群の患者として大学病院に入院。その翌日の夜中には、呼吸困難で人工呼吸器を挿入してICUに入った。人工呼吸器の痛みのために麻酔をかけられて、朦朧としている状態だった。声をかけられれば目を開けて応対していたようだが、すぐに眠りに入る状態を繰り返していた。

耳元では血圧や脈拍のモニターが、常にピーピーと鳴っている。いきなり手足が動かなくなるわ話せなくなるわで、かなりのストレスが私にもあったに違いない。麻酔、ストレス、環境の変化、モニター音、これらがせん妄を引き起こす。おまけに救急車のサイレンがひっきりなしに聞こえてきた。  

せん妄の始まり

初めて幻覚を見たのは、ICUに入っている時だったと思う。体の動かない私には病室の天井しか見るものはない。ある時、天井の地模様が動いた気がした。その時は気のせいかとやり過ごしたが、まもなくいっせいに動き出し、大きい絵画を作り上げた。天井全面に浮かび上がった絵画は「最後の晩餐」だった。キリストと弟子たちが食事をしている有名な絵だ。

当時の私の状況からすると、何とも意味深だ。その後は宝船が現れた。七福神が乗っているあの船だが、神様が私を迎えに来たにしては、宝船はめでたすぎた。

不思議なのは、私は天井で絵画鑑賞していることをまったく変だと思っていなかったことだ。疑問どころかきれいだなぁと楽しんでいた。