バターランプの灯

プジャのあるゴンパに到着すると、再び現れたムナ君。ちゃんと覚えていて、わざわざ来てくれたのかと胸が熱くなった。

近づいていくと、横にそっくりのかわいい男の子が立っている。「これがぼくの弟」と言わんばかりにムナ君は嬉しそうに笑っている。

ところが次の瞬間、その弟が私に向かって「プリーズ・ワン・ライス……」と言ってきた。

「えっ」と思わず絶句。そうか、今日の午後、私がムナ君にミルクをプレゼントしたからだ。もともと「ワン・ミルク・プリーズ」と言ってきて、最終的にそれが叶ったのだから、もう一度ねだってきたというわけだ。

しかも、ミルクの次はライスときた。無理もない。とはいえ、このまま受け入れたら、さらにもっと要求してくるだろう。また、他の子どもたちが群がってくるのも目に見える。

それに、ミルクにはプジャのお礼というはっきりした理由があったが、私はそれをきちんと説明したわけではなかった。誤解を与えたのはこっちの方だ。

そこで、勇気を出して「ミルクはプジャのお礼。だから、ライスはなし」と話した。心臓がどくどくと波打ち、いたたまれない気持ちが襲う。ムナ君からどういう反応が返ってくるだろう。

心配して見ていると、ムナ君は「プリーズ・ワン・ライス」と言い続ける弟の口を後ろから両手で塞いだ。よかったあ、理解してくれた。ほっとすると同時に、「ごめんね。でも、わかってくれてありがとう」という想いを込めて、精いっぱいの笑顔を作った。

次の瞬間、ムナ君と弟は「グッバーイ!」と明るく手を振りながら帰って行った。別れた後も、何かすっきりしないものがあった。物乞いの少年少女が絶えないネパール。

いちいち応えていたらきりがなく、そもそもそれは彼らのためにならない。これから先、何か別の方法で返していこうと気持ちを切り替えた。

プジャのあるゴンパは、巨大なストゥーパの周りの通路沿いにある。前には観光客が三〇人くらい集まっていた。礼拝を行う小さな一室には、一〇名くらいの僧が法具や楽器を前にして座っている。

照明のある辺りはよく見えるが、部屋の奥は薄暗くてよく見えない。まだかまだかと待っていると、夕方六時二〇分頃から読経の声が聴こえ、礼拝が始まった。

立っている僧が、シンバルのような楽器ブプをけたたましい音で鳴らし始めた。続いて、長くて大きなラッパ系ラグドゥンの力強い低音が響く。大地を揺るがすような大音量に驚く。

そして、チャルメラのような笛ギャリン、ホラ貝ドゥン、皮の太鼓ンガなどの音が付かず離れず重なり合う。再び噪音ともいえるくらいの激しさでブプが打ち鳴らされ、ラグドゥンが鳴り響く。

その延々と続く低音の上に、まるで呪文を唱えるがごとく圧倒的に低い声の読経が始まる。辺りに振動を伝えるような重厚な声の響き。楽器の音と読経の声がくり返され、協和するでも不協和するでもなく、独立しながら重なっていく。

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