担任の野口は社会の先生である。中学校では専門性が必要なので、中学生13人に対し、先生は15人と、生徒数より上回る。野口は、東京都島しょ地区町村小中学校教員公募に応募した。長い教師生活の中で、1度、離島で教鞭をとりたいと思って八王子市内のマンモス校から単身で赴任したのだ。
開口一番、野口は言った。
「お母さん、お子さんは就職を希望されていますね」
智子にすれば初耳だった。今の世の中だ。みんな高校に進学すると思っていた。自分も東京都立太洋高校園芸科を卒業しているから娘にも同じ高校にと思っていた。ところが恵理からまさかの言葉だ。(それだけはやめてくれ)という悲壮感があった。
「恵理、そうなの?」
「うちは貧乏だから、私はすぐに働きたい」
「あら、貧乏といってもあんたを高校に行かせるぐらいのお金ならあるのよ」
この家系は、入植して以来、高校時代はまだしも就職で島から離れることはなかった。島外に親戚はいないので、高校は寮か下宿するしかなく、仕送りする必要がある。当然金がかかる。
それでも智子は自分と同じく高等教育ぐらい受けさせたいと思っていた。島外の友達ができて楽しい学園生活を送ってほしい。青春を謳歌してほしい。DV夫から離してあげたい。東京都立太洋高校を卒業後は花の東京で就職させていずれは本土の人に嫁いでほしいと思っていた。
何よりDV夫の恐怖からは遠ざけてあげたかったのに、何故進学しないのか? どうしても賛成できなかった。
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