「松岡、ここだけの話だが、大下専務の背任横領のうわさは本当らしいぞ。取引先との間で億の金が動いているらしい」

安本は起き上がった俺の隣に座り込むと、声を潜めて話してきた。

「そうか。でも、俺には関係ないことだし、首を突っ込む気もないよ」

空に浮かぶ雲を見上げながら話を返した。

「でもな。こういう不正は早めに正しておかないと、後で全社的に厄介なことになることが多いんだ。広報の股木とも話したんだが、スキャンダルとしてマスコミに騒がれたら、我が社のイメージダウンにもなるし、取引にも影響が出てくるという意見で一致した」

安本は股木を引っ張り込んでいるようだ。広報の股木も同期で、中背でやせた体にグレー系のスーツを被せてグレー系のネクタイを締めている。少し前歯が出ているせいか、ねずみ男と陰で言われている。

「不正を正すと言ってもな、難しいぞ。平社員対専務じゃ話にならん。取締役会にでも出られる身分なら、証拠がそろえられれば動議発言でもできるだろうけどな。まあ、無理だ」

やる気なく両手を組んで背伸びした。それでも安本は側から離れようとしない。

「松岡、お前、のん気なことを言っている場合じゃないぞ。俺がお前を捜してきたのは、大下専務が絡んでいる得意先はお前の担当しているタルタル電気だ。事が露見すれば、お前か、担当セールスの甲野に罪をなすりつけるに決まっている。営業の部長も課長も大下専務から押さえつけられているからな」

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