クリスマスイブの夜、冴えないサラリーマンの前に現れたのは…？

第一章　透視男誕生

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松岡太郎、六月生まれの二十七歳。子どもの頃から風さいの上がらない男だ。特に恋愛に関しては、中学生以来片思いの連続で、女性とつき合った経験は一度もない。

出身は四国で、地方大学を卒業した後、東京の電気部品製造会社、チョモランマ電気株式会社に勤務している。担当業務はセールスエンジニア。営業職とペアで自社製品の技術アピールをして歩く。たまには、単独行動での売り込みもしている。現在、2DKのアパートに一人暮らし。ペットなし。ノートパソコン一台がペット代わりになっている。

太郎の人生が大きく変わっていったのは、クリスマスイブの夜だった。特に予定が入っている訳でもない太郎は、帰りを急いでいた。一人でフライドチキンをほお張りながら、好きな動画チャンネルを観ながらビールを飲むことが毎年の過ごし方だった。

今年は仕事に手間取り楽しみにしている時間を取りもどそうと、駅に着いてからアパートに向かう近道を選んでいた。左手にフライドチキンの大きな容器を抱え、右手にかばんをぶら下げ、買い置きしてあるビールを目指していた。

普段はめったに通ることのない神社の境内を横切り、石段を駆け下りていた。太郎が中段辺りまで走り下りた時、石段がぬれていたのか、何かにけつまずいたのか、足を踏み外して一気に下まで転げ落ちてしまった。鞄とフライドチキンの容器は抱えていたが、フライドチキンは回転エネルギーに勝てなかった。辺りに散乱していた。

太郎は一時、ぼーっとしていたが、石段の上からの声にハッとして振り仰いだ。同時に転げ落ちた時の痛みも思い出したように体を駆け巡り始めた。

（いててて……）

「ふぉふぉふぉ……」

お若いの大丈夫かの？　何を急いでおるんじゃ？

声の主はクリスマスの夜というのに、薄っぺらの着物だけを着ている。足下を見ると、裸足に草履姿で石段の中央に立っている。季節を半回転間違えているんじゃないかなと思ってしまう。男は白髪で、白いあごひげを生やしていた。年齢は七十歳ぐらいに見えた。背は高くろっ骨が浮き出しているのではないかと思うほどやせている。

太郎はしりもちをついた格好で、その老人を見上げながら記憶をたどっていた。境内を通り過ぎる時は人影はなかったし、石段を駆け下りる時も人の気配は感じなかった。この老人はいつの間に姿を現したのだろうか、と。太郎が考えている間に、石段を見上げていた視界にあったはずの老人は太郎を見下ろす格好で目の前にしゃがんでいた。

「お若いの、お前を見て思いついたことがある。クリスマスには無縁そうなお前に、面白いものを授けてやろう」

太郎は頭の打ちどころが悪くて、幻想を見ている気がしていた。しかし、目の前の老人の姿ははっきり見えるし、老人の声も頭の中に入ってくる。体を起こし直し、座り込んだ形で老人と対座した。

「面白いもの？」

「そうじゃ、少しばかり驚くかもしれんが、わしの話を聞け」

老人はそう言うと、太郎を石段に腰かけさせ、自分も石段に座り、長々と話を始めた。