第一章 透視男誕生

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翌朝、太郎はいつものように目覚めると、洗面を済ませた後、まじまじと鏡に映る自分の顔を見た。特に背後に憑き物のようなものは見えない。昨夜の出来事はやはり幻覚だったのではないかと思った。

朝食を食べ終えると、会社に向かった。ところが、アパートを出て最初の人に出会って驚いた。その人の背後に狐が見える。「あーら、松岡さん。おはようございます。今日も調子良さそうじゃない。お仕事頑張って」

朝刊を取りに出ていた隣に住む大家の奥さんだった。

「……は、はい。おはようございます。行ってきます」

歩きかけて振り向くと、今度は蛇に変化して家に入っていく。それから会社に着くまで人という人に出会うと、その後ろに狐やら、蛇やら、龍やら、色々なものが見える。中には行者姿や神主の姿、刀を振りかざした武士の姿も見えた。

会社に着いてからもオフィスの中が憑き物のパレード状態だった。得意先に行っても状況は変わらず、人間と接触しているという感じがしない。昼食は社員食堂を避け、弁当を買って人の来ない公園のすみに行って一人で食べた。

(こりゃぁ、一体全体どうなっているんだ?)

太郎は頭の中が混乱している。混乱というより、頭が変になりかかっていると言った方が近いかもしれない。昨日の夜のことが鮮明に思い浮かんできていた。

(もう一度、あの白髪の老人に会わなければ……。俺はおかしくなってしまう)

午後から太郎は外出もせず、机に張りついてできるだけ顔を上げないようにしていた。五時を回ると、同僚達はクリスマスイブの続きだと早々と退社していった。太郎は人が少なくなったのを見計らって会社を出た。鞄を顔の近くまで持ち上げ、できるだけ人を見ないで済むようにしながら歩く。何か犯罪者に見られているような気もしたが、ずんずんと突き進んだ。

途中、ショーウインドウに映る通りすがりの人を横目で見たが、憑き物も一緒になって映っていた。とにかく人を見ないように、下の方を見ながら歩いた。電車の中ではドアにへばりついて目をつぶっていた。