アパートのある駅に着くと、一目散に昨日の神社に向かった。昨日の時間よりも早かったが、石段の中段に腰を下ろして、老人の現れるのを待った。太郎はコートのえりを立てて、階段の上から吹き下ろしてくる寒風から身を守っていた。時間がたつうちに一日の気疲れから眠気に襲われもうろうとしてきた。
「やはり、今夜も来たか。わしの授けた力に、どうじゃ、驚いたじゃろ」
太郎は老人の声にハッとして声のした隣を見ると、昨日の白髪の老人が白いひげをなでながら座っている。思わず「ワッ!」と言いそうになった口を太郎は片手で押さえたが、両目だけは大きく見開いていた。ひと呼吸おくと、太郎は今日一日のことを老人に話し、老人に元にもどしてくれと頼んだ。
「お若いの、それは無理じゃのう。一度授けたものは元にはもどせんのじゃ」
「そんなのは、あなたの勝手じゃないですか。昨夜いきなり杖で私の頭を訳も分からずたたいておいて」
老人は二、三度左右に首を傾げると、
「ふぉふぉふぉ……」と笑った。
「まあ、わしの話を聞け。わしはお前に授けた力を本当は他の誰かに授けようと思うておったのじゃ。ふさわしい者はおらんかと町中を見て回ったが、おらんかった。疲れ果ててこの神社の石段に腰かけうとうとしておったら、お前が駆け下りてきてわしの足につまずいて転げ落ちたという訳じゃ。その姿を見て、ここにおったわいと思ったんじゃ」
「えっ、そんな単純なことで……」
「単純ではない! まず、どこにでもおる人間ならすり抜けるはずのわしの足にけつまずいた。そして、こうしてわしの姿が見える。それだけで充分じゃ」
「は?」
「お若いの、お前の名前は何と言うのじゃ?」
「は、はい。松岡太郎です」
「太郎、お前はバカか?」
「人に名前を訊いておいて、いきなりバカとは何ですか?」
「バカだから、バカと言ったまでじゃ。ちなみに太郎、お前は四国の出身じゃろう。お大師様の縁があるのう」
「な、何で分かるんだ?」
「たやすいことじゃ」
それっきり老人は黙り込んでしまった。石段からかすかに見える星を見つめている。太郎も老人の雰囲気に飲まれて黙って星を見ていた。時折、吹き下ろしてくる風が身を震わせる。老人は昨夜と同じ着物姿だ。老人は杖を立てると、太郎に向かって話し始めた。
「太郎。これから、お前に授けた力について説明しよう」
老人は一つの星を見定めて話を続けた。