第三章 専務の背任と常務の登場
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安本の語気が少し強くなっていた。タルタル電気は一部上場の大得意先で、取引額もずば抜けて大きい。電気部品の売り上げを積み上げれば、数十億になるはずだ。
営業五課に所属する甲野はタルタル電気の担当セールスで、売り上げナンバーワンを誇っていた。俺から見れば、たまたま運良く宝の山にポイッと投げ込まれたからだとしか映っていない。二十五歳のメタボ体型の姿が目に浮かんできた。
「安本、脅かすようなことを言うな。ヒラに億が絡む横領をなすりつけるっていうのは、ありえんと思うぞ。小説やテレビのドラマじゃないんだから」
安本の方を向くこともしないで、腕時計に目を落とした。昼休みが終わる五分前になっている。安本から逃れることを考えていた。安本は隣で右足を揺すりながら右手で右ももを小刻みにたたいている。
「松岡、ゆっくり考えておいてくれ。お前の心理作戦とかいううわさは俺も聞いているんだ。お前に加わってもらえると助かるんだ。それじゃ、また、声をかけるからな」
(心理作戦?)
変な話が流れてしまっているようだと思った。
一方的に話し続けて走り去っていく後ろ姿の安本を透視してみた。我が道を行く山伏が飛び跳ねていた。
デスクにもどると、営業部の方から甲野が辺りを気にしながら近づいてきた。俺の側に立った甲野はしゃがんで、小声で話し始めた。
「松岡さん、大下専務の件、聞いていますか? ちょっと困ったことになりそうで」
甲野はひと区切り毎に、周りを見ては話を続ける。