「大下専務、タルタル電気からキックバックを受けているようで、それを専務配下のダミー会社の口座に振り込ませているようなんです」

俺は頭の後ろで手を組んで話の続きを待った。甲野はメタボのミーアキャットみたいに、首をもたげては周りの様子をうかがっている。

「それで、うちのコンプライアンス委員会のメンバーが動き始めたようなんです。委員長は大下専務と敵対している近藤常務ですよ。とばっちりが飛んできそうな感じがするんです」 

(近藤常務のお出ましか……)

天井を見上げた。卵形の顔に細筆で描いたような細い目が特徴で、目力を入れると相手を鋭く射抜く。スポーツジムで節制したスリムな体にフィットさせた三つ揃いのスーツ姿とオールバックがダンディさを醸し出す。

(厄介な事が起こりそうだぞ。安本の動きも近藤常務と連動しているかもしれない)

組んでいた手を解くと、しゃがみ込んでいる甲野の方を向いて話しかけた。

「甲野、お前が心配しているとばっちりとは何だ?」

甲野は周りを見回してから顔を近づけてきた。

「それは、キックバックの帳尻合わせです。事が露見する前に、タルタル電気の関係者が横領していたとなすりつけようとしているみたいです。ターゲットにされているのは、どうも僕みたいなんです」

甲野の表情は暗い。周りを気にしていたのは、部長と課長の視線だったようだ。甲野は打ち合わせをしているふりをして話を続けた。

「松岡さん、助けて下さいよ。部長と課長は大下専務に脅されているみたいで、僕が生けにえになりそうなんです」

営業部は国内営業部と海外営業部に分かれている。海外営業部は上の階にあって、近藤常務が指揮を執っている。国内営業部は、一課から四課までの第一営業部と五課から九課までの第二営業部で構成されていて、大下専務が取り仕切っている。俺の所属するセールスエンジニア部は国内営業部のフロアーに同居していた。甲野の話は信ぴょう性が高いと思った。

「それで、どうして俺みたいな平社員に助けを求めるんだ?」