第三章 専務の背任と常務の登場
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「おい、竹村。お前、勝手なことするなよな。俺は正義の味方でも、陰のトラブルシューターでもないんだからな」
甲野の後ろ姿に小さく胸元で手を振っている竹村を見上げて文句を言った。竹村は俺の顔を上からのぞき込むと、(え~~)という素振りで首を傾げた。
「だって、松岡さん、人助けいっぱいしてきたじゃない。私もその一人だし、他にもたくさんいるじゃない。松岡さんの能力はすごいよ。だから、今回も私、手伝うから何とかしてあげて」
二十二歳とは思えない、女子大生、いや女子高生気分の竹村が絡むのかと思うと、再度ガクガクと力が抜けていった。
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次の日の朝、安本と受付ロビーのソファーで話し合いをした。前日に内線電話をかけて安本の意見に賛同する旨を伝え、早朝に会おうと約束していた。安本は正義感を漂わせて約束の時間五分前に現れた。俺と対座する間も惜しむように、ソファーに座りかけながら話し始めた。
「松岡、やっと、その気になってくれたか。実は、この前の昼休みには話せなかったが、コンプライアンス委員会が動き始めている。大下専務が先に手を打つ前に、押さえ込まないといけないんだ」
近藤常務は経理にも手を回しているなと思った。安本は常務の手先にされているのかもしれない。中立でいかないと、派閥抗争に巻き込まれてしまう。俺の目的は大下専務の策略から甲野を守ることだ。安本と歩調を合わせた専務の追撃ではない。安本の話をさえぎった。
「そうか、事態は動き始めているのか。ところで、俺はペアを組んでいる甲野からキックバックの話を聞いている。それで、甲野の話によると、大下専務は甲野に横領のぬれ衣を着せようとしているようだ。俺はそれを食い止めたいんだがな」
右ももを右手で小刻みにたたいている安本を見ながら、安本の返答を待った。
「なるほど、考えそうなことだ。その工作には部課長も絡んでいるのか?」
ソファーにもたれかかった安本は検察官のような口ぶりで聞き返してきた。
「いや、部課長のところまでは分かっていない。でも、お前の推測は当たっているかもしれん。専務から圧力がかかっているようだから。なにせ国内営業は専務の管轄下だからな」
安本は腕組みをして目を閉じると、「うーん」とひと言漏らして考え込み始めた。俺はその前で安本とは違うことを考えていたと思う。大下専務の張り巡らした策略のクモの糸にかからないようにする方法、甲野の救済策のことを。
「松岡、ここで考え込んでいても先には進まないだろう。俺はコンプライアンス委員会のメンバーと話をしてみる。お前は、何か思いついたら連絡をしてくれ。長居をして勘づかれても困るからな」