「太郎、それはできん相談じゃ。憑き物を善なるものに変えるということは、相手の存在そのものを変えてしまうことになる。つまり、霊性を変えるということじゃ。それは、仏様にしかできんことじゃ。お前にできることは、変幻自在に入れ替わる憑き物を見極めて、相手との接触で憑き物を変化させることだけじゃ」
「そうですか。やはり、だめですか」
神仙老人の視線に合わせて同じ桜を見ていた。
「太郎、まあ、気を落とすことはない。授けた力はお前の努力しだいで進化する。それが修行じゃ。これから大きな事が待ち構えておるかもしれん。それを乗り越えれば、また、見方、考え方も変わってくるじゃろう。その時にまた会おう」
神仙老人は立ち上がると、俺を見つめながら桜が作り出す幻想的な風景の中に溶け込んでいった。夜桜の精に導かれて行く神仙老人の姿が頭の中に浮かんでくる。
(ふぉふぉふぉ……)
低音の木霊だけが、ぼやけたピンク色のモザイクの中から聞こえてくるような気がしていた。
神仙老人の言っていた大きな事は、葉桜の頃に姿を現してきた。大下専務の背任横領のうわさが突然耳に入ってきた。大下専務を初めて見た時の印象は今も変わらない。ビア樽みたいな巨体の上にバーコード化した髪を貼りつけた頭がのっている。まげが結えない相撲取りのようだと思った。
毎朝、取り巻きを従え、ビア腹を揺すりながら役員室へ行くためエレベーターに向かって受付フロアーを歩く。社長よりも周囲を圧倒していた。透視力を授けられてからなぜか色んな話が勝手に飛び込んでくる。四方八方から集まってくる情報は適当に選別して、お助けする気になった時だけ動くようにしていた。大下専務の情報もまだ一部でしか流れていないものだったが、向こうから一人歩きしてやって来た。
昼休みに屋上のベンチで寝転がっていると、情報通の同期、安本が近寄ってきた。安本は経理にいる正義感の強い男だ。空手をやっていたという彼は、背が高く筋肉質の体をスーツで隠している。確か、有段者で三段とか言っていたように思う。