其の弐

八王子を過ぎると辺りは静かになってきた。松本行きの夜行電車の中は割りと空いていた。土曜日にしては登山客の数が少ないのだ。まだシーズンには少し早いのかも知れない。電車の音に混じって乗客の話し声が時々ぼそぼそと聞こえてきた。

だらしなくネクタイを緩めると、伊藤医師は靴のままの足を真向かいの座席に投げ出した。目を閉じると車輪の鈍い音がゴトンゴトンと身体に響いてくる。この五日間の疲労が一挙に現れたのか、まだ三十底々の彼の表情が疲弊して見えた。だが不精髭の生え始めた口元がふてぶてしく歪んで、それが彼の精力の強さを物語っているように思えた。

「松本ナンバーのトラックかぁ‥‥」

思わず彼は呟いた。タクシー料金の他にニ万円の割り増しをつけて判ったのは、骸骨がもう東京にいないということだけだった。

緑ナンバーのトラックに拾われたのは確かだが、それからどこへ行ったのか。そのトラックには燕のマークがついていたという。会社名はそれで調べられるだろう。「確か、新潟-長野-東京ってボディに書いてあったな」と運転手は言っていた。