ほっそりとしたシルエットは人の気配にも悠然としていたが、カーシャが追いかけると、小走りに動いて家の角を曲がった。そっと覗くと、少し先で立ち止まったまま、用心深くこちらの出方をうかがうように二つの目を光らせていた。
「猫ちゃん、おいで」
カーシャがしゃがんで小声で呼びかけると、猫は機敏に走ってテラスから部屋の中に消えた。白いレースのカーテンの端が一瞬ちょろりと飛び出して、まるで白い手袋をつけた手がおいでおいでと差し招くかのように見えた。
テラスの戸は猫のために細く開けてあったのだろう。カーシャは少しもためらわずそこから中に入った。
暗い部屋に月明かりが差しこんで、壁一面にレースの模様が満天の星のように浮かびあがる。カーシャには、そこに入った自分の影があたかもその空を割る巨人のように見えて、右に左に頭を揺り動かしてみた。
それから彼は電灯の明かりが漏れてくる奧の方へ向かった。床に敷かれたカーペットが足音を和らげ、向こうから聞こえるカシャカシャという瓶(びん)の触れ合うような音がさらにそれをかき消した。
明るかったのは台所だ。戸口に立つと、カーシャはいきなりこちらに向かって突きあげられた黒い尻と対面した。前のめりになって床下に顔を突っこんでいるアニタの尻だ。
「おばあちゃん、何探しているの」
「ひっ!」
短く鋭い悲鳴があがり、カーシャはぶるっと震えてあとずさった。
【前回の記事を読む】「馬鹿なことをしたもんだね。商売女に引っかかるなんて」「しっ! 聞こえるじゃないか」「あの子にそんなことわかりっこないよ」
次回更新は11月11日(月)、21時の予定です。