カーシャが人の気分やその場の雰囲気を色彩として感知していることは、ほとんどの人間が知らないことだ。理屈や経験があまり役に立たないカーシャは、この授かった能力で極めて動物的にものごとをすり抜けている。魚が清らかな水を求めて泳ぐように、彼は空気が濁ればもう少し澄んだところへすっと移動するのだ。

家に戻ろうとしたカーシャの足がふと止まる。月が明るい晩で、蜂の奥さんの家の白く照らされた石段が目に入ると引き寄せられるように足がそちらへ向かった。

通りに面しているのはかつての診療所だが、婿が養蜂家に転じたあとは、中をそのままにまったく使われていない。その診療所の横に、石の手すりがついた立派な階段があり、そこをのぼったところに本宅がある。先々代からは医者だが、もとを辿ればこの村を治めていた家系だというこの屋敷は他の家を見おろすように一段高いところに建っている。

カーシャは普段、ここはあまり寄り付かないようにしている。というのも、拾われたばかりのころ、石段や手すりを枝でコンコン叩いていて女主人に叱られた覚えがあるからだ。普通の者なら小さい子がしたことだと大目に見るが、アニタはカーシャから枝を取りあげるとニコのところまで連れていき、二度とさせるなと厳重に注意したのだった。

なれ合いの多いこの村にあって、アニタの行動は少々人情味に欠けるように受け取られたが、それ以来、ニコはカーシャを鐘塔で遊ばせるようになり、彼の才能が開くことにつながった。

手すりを支える柱は一つひとつが砂時計のようにくびれており、そこから差しこむ月光が石段にくっきりと幾何学模様を映し出していた。その魅力的な影がこの晩は上へ上へとカーシャを誘った。

一番上の段までのぼったとき、植えこみのあたりで何かが音もなくすうっと動いた。目をやると、長い尻尾をぴんと突き立てた猫が一匹、茂みに腹を撫でつけるように歩いていくのが見えた。