男は使用人の少年が抱えている包みを指し示した。
「しつらえたと言われても……」
「は、いえ、これはそのお召し物を見せて頂きたいばかりに私が勝手にいたしたことでございますので、勿論お代金など頂こうとは思っておりませんし、お気に召して頂ければ……ずっとお召し下されば、こんな光栄なことはございません」
緊張した男は額の汗を拭(ぬぐ)う仕草をした。
「そんなにこの織物に興味があるのか?」
「ございます」
今まで遠慮気味だった男がきっぱり言い切った。
「そのようなものが近くで織られていたことを知らずにいたのは一生の不覚。是非一度私にそのお召し物をお貸し下さい。またできることであればすぐにとは申しませんが、どうぞ私を故郷のヴァネッサへお連れ下さい」
男の目は実に真剣であった。
ヴァネッサに行きたい? シルヴィア・ガブリエルはにんまりとした。
あのギガロッシュの向こうだと知ってもこの男はそう思うのだろうか。そう甘くはないぞと思いながらも彼の警戒心の一角が緩み、希望という明るい言葉が浮かび上がった。
「そうか、ではあとで着替えて届けよう」
「まことでございますか! おお嬉しい。ではこの者にお部屋まで届けさせて、後ほどまた頂きに伺わせましょう」
男は小躍りして喜んだ。
【前回の記事を読む】「うっ!」息が一瞬止まるほどの激しい痛みに襲われ、額にはじわじわと汗が滲む。「な、何を?」そう尋ねるのが精一杯だった…
次回更新は11月5日(火)、18時の予定です。