第二章 イヨロンド

「ほお、聞けば聞くほど凄い! 儂はそのファラーとやらに会うてみたくなったわ」

イダは腕を組み、振り子人形のように何度も何度も頷いて感心していた。この奇っ怪で得体の知れない老人とあの哲人が会えば、どういう話をするのだろうかと、シルヴィア・ガブリエルにも興味深かった。

「もう一つ聞いてよいか? 村が師弟の絆を重んじとるのは儂にもようわかったが、そうは言うてもほれ、人はやはり二親あって生まれてくるわけじゃから、親御に対する思いはどうなんじゃ? 親御はやはり特別じゃろ?」

「親御? 産みの親ということですか?」

そうじゃ、と言うようにイダが頷く。言われてふっと気がついた。あまり考えたことがなかった。

父に関しては多分何も問題がなかっただろうと思う。誰しも幼い頃から親方や師匠を父として育ち、尊敬も親しみも充足していた。本当の父とはむしろ何だとこちらが問いたい。

しかし母は……その言葉は澱(おり)のように心の底に沈んだままだ。

村の子どもたちは、七歳になって初めて自分の母を知る。その年齢になって初めて、これがお前の産みの母だよと教えられ、年に二回、同じ母から生まれた子ども同士が、その母の下で過ごす特別な日があった。

そこで顔を合わせて見知ることで、将来同じ母の子同士が結びつくことを避けるためというのが主たる目的だったが、その日を村の子どもたちも母親たちも特別な思いで待ち望むのはなぜか? 

シルヴィア・ガブリエルにも母はいるが、七歳の頃など彼は施療院から出られなかった。七歳どころか、生まれてから十年間は彼は病室の天井とそこの窓から見える小さな四角い空だけを眺めて過ごした。

だから七歳になっても母親が誰か教えられることもなく、年に二回の母の日には、母親がいない子どもと同じように、育児院の保母たちの訪問を受けた。

いるのなら向こうから会いに来てくればいいのに、と泣いた記憶もあったが、相手を知らないのではどうにもならない。