「イダ様、おやめ下さい! それは私には薬でも、本当は危険な毒草から作るのだと聞いております。固めてある間は手でも触れられますが、中に封じてある粉は猛毒があるとか」
血相を変えている若者を、イダはまあまあと落ち着いてあしらった。
「儂も長いこと薬草は学んできた。中身に心当たりがあって確かめておるのよ。……やはりな、これか。誰が調合するのかえらい薬を使いおるのお。さすがじゃわ」
イダはふむと感心し、乳鉢を丁寧に戸棚の奥に隠した。再び戻ってきた時には小さな壺を持っていた。中には白く固まった脂のような軟膏(なんこう)が入っていて、それを手に取って脇腹の小さな傷に塗りつけた。
「こんなものはこれで治っていくわい。じゃが、ちょっとそこで俯せてみい」
そう言ってシルヴィア・ガブリエルの体を俯せにさせると背骨にそってすっと二本の指を滑らせた。
「染み一つないきれいな体じゃの。外から見ればこんなに美しいというのに、中はぼろぼろじゃな」
惜しむようにそう言いながら、探っていた指をひたと止めるとそこを体の重みをかけて押した。
「うっ!」息が一瞬止まるような激しい痛みに体を貫かれてシルヴィア・ガブリエルは呻(うめ)いた。こんな小さな老人に指先をあてがわれただけだというのに、額にはじわじわと汗が滲む。
「な、何を?」
そう尋ねるのが精一杯だった。
「治療よ。少しはこの体をもたせてやろうと思うてな。お前のあの薬は確かによく効くであろうが、猛毒でもあるから両刃(もろは)の剣じゃ。あまり多用すれば毒で死ぬ。
イヨロンドのお陰でこうして儂とお前が出会えたのも何かの縁じゃろう。儂の治療も試してみるとよいわ。あの女が役に立った最初で最後になるかもしれんぞ。じゃが、言うておくが所詮(しょせん)もたせてやるだけに過ぎん。
お前もとうに知っておると思うが、儂の手にかけてもお前の命はもうどうにもならぬわ、可哀想じゃがの」
イダの慈愛に満ちた声が彼の心を包んだ。
【前回の記事を読む】「何と!」嘘ではなかったのだ! ギガロッシュにまつわる伝承をたくさん耳にしたが、本当に人が暮らす村あったとは…
次回更新は11月4日(月)、18時の予定です。