数年前、ニコはテレビでいくつかの聖堂や鐘を紹介する番組を見ていて、カーシャが打ち鳴らす朝の鐘に驚くほど似たものがあるのを知った。それがこのイェンナのどこかにある聖堂の鐘だ。

どちらもそっくり同じ音ではないが、音の組み立て方が非常に似ていて、幼いカーシャの耳にこの鐘の音が記憶されていたのではないかと考えても無理はないものだった。ましてやニコは鐘つきを仕事にしている人間だ。偶然か、それ以上の一致なのかは聞けばすぐわかる。

―こいつはこの街にいたにちがいない。

ニコはそう推理すると、どうしてもイェンナにいって確かめずにはいられなくなった。

思えば鐘つきという仕事のせいで村から一度も出ることがなかったが、幸いにも今はカーシャがいる。一日くらいなら彼に任せて衝動に身を委ねてみるのもいいじゃないか。そう考えたニコは食料品店の雇(やと)い主にカーシャが時間を忘れているようなら言ってやってくれと頼んで、あの日はじめて電車に乗ったのだった。

駅におりたったニコは駅舎の大きさと行き交う人の群れに驚いた。電車をおりてどちらへいけばよいのかもわからないまま、とにかく人の流れに従った。もたついたニコは改札で数人に追い抜かれたが、やっとのことで空の仰げるところに立った。

―さて、あの聖堂はどこだ。

聖堂ならすぐ目につくものと思っていたが、あるのはコンクリートのビルと街路樹、バスを待つ人々の長い行列と走り去る車……近代的で慌ただしい都会の風景だった。

ニコは駅舎へ戻り、聖堂はどちらの方向かと駅員にたずねてみたが、聖堂ならいくつもあるがどの聖堂へいきたいのかと聞き返されてしまった。

「鐘が有名な聖堂だよ」