「ファラー? 村の長老みたいな者か?」
「いえ、今のファラーは二十年ファラーの任を担っていますが、就いた当時はまだ二十六だったと聞いてます」
職に貴賤もなく身分も平等な村にあって、ファラーの果たす役割は特殊であった。ファラーは誰よりもよく人の話を聞いた。
議論が過熱する時にはそれを静め、押し潰される少数意見の中からも大切なものを拾い、村の決定に反対の者からは更にその理由を問うて納得のいく落としどころを提示する。
ファラー自身が滅多に自分の意見を述べることはなかったが、ファラーは村の決定の最終判断者として村人の絶大な信頼と敬愛を受ける存在であった。シルヴィア・ガブリエルはそういうファラーの特殊な位置づけをイダに話して聞かせた。
「ふうん、それはまた凄い存在じゃな。誰でも務まるというようなものではないな」
「はい、村の理性の象徴のような人です。私は今のファラーしか知りませんが、あの人もまあそうやって代々養成して受け継がれてきたのでしょうから」
「養成!」
イダは思わず大きな声を出してしまって我ながら驚いた。
村の十五歳に達した少年の中からファラーが特に見所があると認めた者は、それ以後ファラーの下(もと)に通い、それまでに預けられた親方や師匠とは別に、もう一つの教育を受けるのだった。
ファラーの下には十五から二十代後半に至る年齢の者が常に数人学び、その中の一人が次世代のファラーに育つのだった。
「育つ、ということが大切なんだそうです。自ずと生まれるのだと、ファラーは言っていました」
シルヴィア・ガブリエルは聞いた通りのことを話した。
【前回の記事を読む】「お前、もしやあのギガロッシュの向こうから来たんじゃないのか」警戒心剥き出しのガブリエルに、老医者が耳元で小さく囁いた
次回更新は11月3日(日)、18時の予定です。