多くは、あの複雑な地形ゆえに迂闊に近寄って迷い込むことを防ぐために、敢えて恐ろしげに作られた話のように思えたが、謂(いわ)れなき迫害を受けて逃げ込んだという医者や学者や産婆などがいたという話は、同じく医術を施すイダにとっては、聞いた当時からすこぶる興味深い話だった。

彼らがあの巨石の迷宮の中を亡霊となって今なお彷徨っている、などという迷信はさすがにイダには笑止千万な話であったが、彼らがあの巨岩の果てに辿り着いてそこで暮らしたかもしれぬという話を、イダは時々そうであってくれという願いを込めて夢想していた。

「そうか、やはり本当じゃったのか」

イダは涙がこぼれるほどに感動していたが、涙はこぼれずに彼の深い皺の間に溜(た)まった。

「イダ様?」

「ああ、すまぬな。ちょっと儂はお前らの祖先には身につまされる思いがあってな、今の話は心を打たれた。儂の願いが通じたような感があってな、嬉しいのじゃ」

まさか自分たちの村の話を恐怖するどころか、こんなにも好意的に受け入れてくれる者がいようとは思わなかった。勿論、イダは特別な異国人ではあるのだが……素直な喜びが、ほっと彼の心を温めた。

一つ秘密の壁が壊れてしまうと、イダの興味もきりがなく、また問われるままに、シルヴィア・ガブリエルも、村の徒弟制度のことや技術や知識の伝承がうまく進み、持って生まれた才能がいかに弊害なく伸ばされ発達しているかなどについて語った。

イダは何十年ぶりかにわくわくするような喜びを感じ、彼から語られる村の暮らしのことごとくに関心を寄せた。

「ほお! さすがに知識者の村じゃのう、目指すところが違っておる」

「小さな一家族のような村であったからこそできたことかもしれません」

「家族のような村と言うても、家長とか統治者になるような者がおるのだろ?」

イダの興味は底がない。

「統治者はいません。村のことは村人がみんなで議論して決めます。ファラーと呼ばれる長はいますが権力者ではないのです」