そういう時、久しぶりに小説を書いてみようか、という発想が生まれたのだった。私には所詮、社会や会社を再構築し、生まれ変わらせる能力などない。しかし世界を創る力はある。小説という方法を使うことにより、神のごとく一から物語世界を創作することが。架空の世界を創造することで、自分を再構築することが可能となる気がした。
小説なら昔書いていたことがあるから、全く未経験というわけではない。十六歳から書き出し、すぐにやめてしまったものの、人生に思い悩んでいた大学生当時、日記を書くことから小説を書くことへと、次第に私の関心は移っていった。ただ悩みを日記に書き殴るという非生産的な行為を、作品という生産的なものへ昇華させたくなっていったのだろう。
結局モノにならず、大学を卒業する頃には書かなくなってしまった。書いたものは壊れたパソコンとともに捨て去り、もう残されていない。懸賞に応募しても落選ばかりで、どうして評価されないのか当時は納得できなかった。今思えば、自分の体験や思いを基にした、どろどろした観念的な独りよがりの内容であり、評価されなくて当然だと感じる。
そこで今回は、挑んだことのない十代の純粋で切ない恋物語を書きたいと思った。ありがたいことに小説脳は完全には死滅しておらず、絶対音感を持った少女と絶対距離感を持った少年の、傷付き合いながら恋を深め、成長していくという物語の着想を得た。
【前回の記事を読む】車に家族にマイホーム。満たされているはずなのに、なにか物足りない。失われてゆくものの存在に、気がついていなかったのだ…