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「じゃあこの依頼主の梅図赤子って、実は瞳子さんでしょ?」

「やめてよ、もういいじゃん」

瞳子さんは照れ、熱い湯飲みをぼくの顔に押し付けようとする。ぼくはその攻撃をスウェーバックでかわす。

さすがは無職の暇人だ。ぼくが届けた荷物を、その日のうちにまたどこかの取次店に持っていって、梅図赤子を装い、自分に宛てて出しているというのだから。

「わたしもお金ないからさ、通販ばっかやってるわけいかないし」

へへ、と瞳子さんは笑う。

「まあ、配達代も馬鹿にはならないけど」

「なんでそんなことすんの?」

「されたら嫌? わたしは、ドッチ君とこうやって暇つぶしできて、けっこう楽しいのにな」

「まあ、オレも楽しんでるけどね。バイト中のサボリのひと時」

ぼくに会うためにわざわざそんな工作をしていたと確かめられて、実はかなりうれしかった。女の方から積極的にアプローチを仕掛けられているという、なかなかない展開ではないか。暇つぶしと彼女は言うけれど、そんなことのためにわざわざそこまでするだろうか。

瞳子さんはもしかすると、ぼくからのアプローチを待っているのか? まさか。イケメンでも金持ちでもないことは、とっくにバレバレだ。実はあの熱い一夜が忘れられないとか?

いや、ぼくにそんなエロテクはない。ならばどうしてぼくを毎日呼び寄せる? 配達人と客という垣根を乗り越え、今夜飯でもどう?と誘ってみたらどうなるだろう? 

一年半ほど前に舞浜あやこと別れ、現在フリーの身であるぼくには、言ってはいけない言葉ではないだろう。

内心でぶつぶつ考えながら瞳子さんの顔を窺うと、涼しくほほ笑んでいて、ぼくのギトギトした誘いを待っているようには見えない。だからそれで終了。

とりあえず、配達人と配達先のお客という関係のままでいいや。バイト中のオアシスでいいや。お茶を二杯もらって、お暇(いとま)することにする。

「ごちそうさまでした。今日ものんびりさせてもらって、あんがとさんです」

立ち上がってお礼を言うと、「これ持ってけば」と瞳子さんが差し出したので、キットカットをいくつかポケットに突っ込んだ。

玄関で、「アレ、これから取次店に持ってくの?」と、奥の茶の間にある箱をあごで差し、見送りに来ている彼女に尋ねた。コタツの脇にある、なんの変哲もないダンボール箱を、ちょっとの間ぼくたちは無言で見つめた。