鬼の角

世は戦乱、下克上の時代。羽柴秀吉が中国大返しで備中高松城から電光石火のごとく京に立ち返り、主君、織田信長の仇である明智光秀を討ったという話が、市井でも大いに評判になっていたその頃だった。八郎太は、自分にも何かできるのではないかと思った。自分の可能性を試してみたかったのだ。

しかし、そう簡単に何かできるわけもなく、京の街をひもじくふらついていたところ、秀吉配下の下級武士であった上原善衛門に出会った。八郎太は、藁にもすがる思いで家来にして欲しいと彼の前に土下座し懇願した。この時代、同じような発想で親元を飛び出してきた夢見る若者が、街中にはたくさんいた。鎧を纏う侍を見れば家来にして欲しいと土下座するのだが、多くは無視されるか殴られるのが落ちであった。

しかし、善衛門は八郎太の顔を見て「おもしろい」と叫んで、すぐに家来にしてくれた。その体格と面構えが気に入ったのに加え、額に小さく飛び出た二本の鬼の角を持つ小者が家来であれば、自分の出世の力になるだろうという打算があったのだ。

期待に背くことなく、その後の八郎太の働きは、目覚ましいものがあった。賤ヶ岳(しずがたけ)の戦いでは、善衛門の鉄砲隊にあって、何度も敵の大将を馬上から撃ち落とした。その際、角の効力が戦場において主である善衛門の窮地を幾度となく救ったという。だが、具体的にどのような力を発揮したのかは正確には伝えられていない。