鬼の角

「翔太。こっちに来なさい」 

爺ちゃんが、離れに続く渡り廊下から俺を呼んでいた。

「これ以上のことは、父さんは知らない。今晩どのような儀式が行われるかについても。父さんが知っているのはただ一つ。この大広間に村の人を集めるのは、跡継ぎお披露目の結婚式のときだけだってことだ。あとは、おまえがどうするか自分で判断するんだ」

父と妹が心配そうにしているなか、俺は一人、爺ちゃんがいる渡り廊下の方へ向かった。断ることができるのだろうか? 爺ちゃんの体の具合はどうなのだろうか? 爺ちゃんのために形だけ結婚するということにはできないのだろうか? いろいろな思いが頭の中を駆け巡った。

「翔太。今夜のことを聞かせてやるからついてきなさい」

そう言うと爺ちゃんは母屋の方に早足でどんどん歩いていく。俺はそのあとを追いかけるのがやっとだった。本当に体が悪いのだろうかと思った。そこは、爺ちゃん、婆ちゃんの居室の隣にある仏壇の間だった。小学校に上がる前の幼い頃には、よく入って遊んだものだが、ある程度成長して、そこが神聖な場であるということを意識するようになってからは、近づかないようになっていた。

何の変哲もない十二畳の和室だった。廊下から入って左奥に大きな仏壇があり、ご先祖様のものと思われる位牌がたくさん置かれている。爺ちゃんが俺を招き入れると、廊下を見て誰もいないことを確かめてから襖戸を閉めた。そして、仏壇の蝋燭に火を灯し、線香に火をつけ、鈴(りん)をならして手を合わせた。俺も爺ちゃんの後ろで一緒に手を合わせた。