鬼の角

父、幸一はこの村で高校まで暮らしていたが、都会に憧れ東京の国立大学を受験した。跡継ぎの印がなかったために、父が東京に出ることに祖父は反対しなかった。しかし、祖父は父の頭にあの印が出てきたら、すぐにこの田舎に呼び戻そうと考えていた。正統な跡継ぎであれば、どのような環境にあっても、きっとこの地に戻ってくるだろうと確信していたのだ。

跡継ぎを決めて公にするのは、その子が婚礼をお披露目するときをもって行うのが中村家代々の慣わしだった。しかし、父は印が現れる前に母と知り合って結婚することになった。祖父はそんな父の結婚にも反対はしなかった。祖父は父に言っていた。もしも印が出たらそのときは、田舎で披露宴をやるようにと。父はやむをえないと考えていたようだが、その後、印が現れる兆候すらなく、そのうち俺が生まれ美香が生まれたのだった。

「父さんには印はないが、翔太。おまえには印がある」

「えっ、俺に印が?」

そんなこと俺は知らないし、体のどこかにできものがあるなんて自覚すらない。俺の体のどこにそんなできものがあるというのか。それより、どうしてそんなことを父が知っているのだろう? 父はそれを説明しだした。

「おまえ、高校三年のときにサッカーの試合で脳震盪を起こして病院に行っただろ」

「敵のキーパーとぶつかって、地面で頭を打ったときのことだよね。あのとき、試合を見に来てくれていた父さんが救急車に同乗して病院まで付き添ってくれたんだよね」

「あのとき、おまえ頭のレントゲンを撮っただろう」

「ああ。撮ったよ」

「それに写っていたんだ。おまえのちょうど額の生え際あたりに小さな白い丸がふたつ。鬼の角のようにきれいに左右対称だった」

俺は慌てて生え際を触ってみたが、それらしき物は手に触れない。