鬼の角

そこでしばらく待っていると、父が大きな鍵を持ってやってきた。二階建ての蔵の入り口となっている観音開きの大扉にかかっている、幅が三十センチほどもある大きな錠前にそれを差し込む。右に一周回すと、ガチャッと大きな音を立ててそれは開いた。蔵の中に入るのは、俺も美香も初めてだった。

窓がなく出入り口から差し込む光だけなので、奥の方はよく見えない。なんとなくカビっぽい匂いが鼻につく。これが蔵の匂いというものなのだろう。父が扉近くにスイッチを見つけてオンにすると、天井の蛍光灯が灯った。一階には棚が何列にも整然と並んでおり、大小さまざまな木箱が収納されている。奥の方には二階に続く急な勾配の階段が見える。

「ここの棚の箱全部を大広間の隣の小部屋に運び出すんだ。いいか、箱の中身は中村家が代々受け継いできた貴重な食器類だ。今晩これを全部使うから丁寧に扱うんだぞ。必ず一回にひとつしか持っちゃいけない。三人だから、二十往復くらいで運び出せるだろう。それが終わったら棚の奥にある燭台とか行灯とか提灯を庭に運び出すんだ。蝋燭が大小いろいろ箱に入っているからそれも一緒に」

「今晩いったい何人来るの?」

俺も聞きたいと思ったことを美香が代わりに聞いてくれた。

「座敷に六十人、庭に九十人くらいかな」

「全部で……、百五十人?」

美香は絶句してしまった。ここに来てから、そんなにたくさんの村人の顔を見てはいない。この村の人口の何割に相当するのだろうか。作業に移る前に俺も聞いてみた。

「父さん。そろそろ本当のことを教えてよ。爺ちゃんは俺のことをみんなに紹介するって言っていたけど、今晩いったい何があるんだよ」

父は、次の言葉を探しあぐねているように、しばらく口をつぐんだ。それは非常に長い時間のように感じられた。俺が心配になって「どうかしたの?」と口を開こうとしたそのとき、父が俺に向かって、すべてを観念したとでも言うように無感情に答えた。

「翔太。おまえの婚礼だ」

「えっ……?」

俺も美香も『父さん、いったい何言っているの、どうかしたんじゃないの?』という思いを、あまりの衝撃で言葉に出すこともできず、その場に呆然と立ち尽くしてしまった。

俺の婚礼? 俺はまだ二十歳にもなっていないぞ。現在彼女がいないのは確かだが、どうしてそんなことを俺の意向を無視して勝手に決めようとするのか。それに、そのために百五十人の村人がこの家に集まるって? 見合いだって相手の顔を見てから判断する機会が与えられるではないか。俺にはそんな権利もないというのか? 相手の女性にだって失礼じゃないか。

「さあ、手を止めずに働くんだ。もっと詳しいことは体を動かしながら教える」

俺と妹がボーッとしているのを見て、父が沈黙を破るようにそう言うと、木箱のひとつを抱えて蔵から出て行った。それから父が、俺たちに語ったことは、信じられないものだった。