鬼の角

胸の前で小さく手を振る彼女に送られて、俺は再び走り始めた。境内にある弓道場を左に見て裏の参道から山を下りていく。ちらりと振り向くと、彼女はまだ手を振っていた。

この下り坂はカーブも多く、滑って転んで大怪我をすることがあるから注意して慎重に走らなければならない。でも、舞子のことが頭から離れない。何度も石段を踏み外しそうになりながら俺は走った。

村の人とすれ違うたびに、「おはようございます」と大きな声で挨拶をする。村の名士で村会議員の爺ちゃんの孫だから、こちらが知らない人でも相手は俺のことを知っているかもしれない。

小さな村だから、これぐらいしておかなければいけないのだ。だが、舞子と会えた喜びがそれ以上に俺を昂ぶらせて、声をより大きくしていたかもしれない。

道は次第に平坦になり、村のメインストリートに合流する。メインストリートといっても、直線の県道の両脇に二百メートルほどに亘って、繁華街が続いているだけの小さな宿場町といったところだろうか。

もう店を開けているところもあれば、まだシャッターが下りているところもある。車はほとんど来ないので、気持ちよく走れる。

百メートルほど先の雑貨屋の前で、竹籠を背負って数人と話をしているのは爺ちゃんだ。たらの芽は採れたのだろうか。三十メートルほどに近づいたところで爺ちゃんが俺に気づいた。

「おお、翔太。いいところに来た。ちょっと止まれ」

「おはようございます」

俺は、その場のみんなに向かって挨拶をした。

「みんな。これが今話した孫の翔太です」

「いやあ、立派な青年じゃねえが。すらっとしてハンサムだし、佐吉さんの孫にしておくのはもったいないのう」

みんなの笑い声が閑散としたメインストリートに響く。なんだか俺の話で盛り上がっていたような雰囲気だ。

「お爺ちゃん。ぼくの話をしていたの?」

変なこと言ってないよね、と釘を刺したつもりのイントネーションが伝わったのか、爺ちゃんは、文句を言うな、という顔になる。