「爺さんが孫の自慢話をしても、ばちは当たらんだろう。それより翔太。おまえの方が早く家に帰れるだろうから、婆さんにことづてを頼む」
「ことづて?」
「今晩、村の皆さんを招待するから、大広間を準備しておくように言っておいてくれ。それと庭もつかえるように、ってな」
「今晩うちで何かあるの?」
「何を言うとる。おまえが来たからみんなに紹介するんじゃろうが」
「ええっ?」
田舎に来たのは、ゆっくりと何もしない日々を過ごすためだったのに。いったい俺の何を自慢したいのだろう。別に東大に入ったわけでもないのに。
俺は、よくわからないまま「それじゃあ、失礼します」と言って、また走りだしてその場を離れた。
「ただいま」
家に着くと、父と妹が玄関の囲炉裏端にいた。父は新聞を読み、妹は腹這いになってスマホをいじっている。
「おまえもよく飽きずに毎日走れるな」
「父さんこそ、もう中年太りが始まっているんだから、運動すべきだよ」
妹は完全に無視を決め込んでいる。ひと言いってやらないと。
「美香、おまえもスマホばかりやってないで、この田舎暮らしを楽しんだらどうなんだ」
「ここは電波事情が悪くて、どこに行ってもアンテナが一本立つか立たないかなのよ。こんな暮らしを楽しめるわけないじゃない。困っちゃうよ。ダウンロードしたゲームくらいしかやることないし。あたし早く東京に帰りたい」
婆ちゃんが奥から出てきた。そうだ、爺ちゃんからのことづてを話さないと。
「お婆ちゃん。さっきお爺ちゃんと雑貨屋さんの前で会ったんだけど、ことづてを頼まれたんだ」
「ことづて?」
「うん。今晩、村の人を招くから大広間と庭の準備を頼むって」
その瞬間、婆ちゃんが目を見開いて顔色がさっと変わるのがわかった。
「こりゃ大変だ」