鬼の角

「あら、翔ちゃん、早いね」

「うん。でも十分に眠ったよ。お爺ちゃんは?」

「山菜を採ってくるって一時間ほど前に裏山にいったよ。今はちょうど、たらの芽が出ている時期だから。たくさん採れたら今晩天ぷらにしてあげるからね」

俺はパジャマを脱いで、もってきたポリ袋から取り出した短パンとTシャツに着替えた。

「それじゃあ、俺ちょっと近所をジョギングしてくるから」

「七時には朝ごはんにするから、それまでに戻ってくるんだよ」

俺は、ランニングシューズを履くと外に出た。

青空が広がるいい天気だった。東の低い空から差してくる朝日が、木々の間を木漏れ日となって柔らかく俺の体を斑に染める。短パンでは少し肌寒いが、走りだせばちょうどよくなるだろう。

この近所の地理は、小学校の頃から来るたびに走っているからよくわかっている。今日は、少し険しい北側の山道を登ろう。四年前と同じコースだ。山頂の経国寺(けいこくじ)の境内を抜けると少し急な下りとなる。

山向こうの村の中心街に入ったら、あとは等高線に沿った平坦な道を戻ってくる。五キロそこそこだが、アップダウンがある分七キロ走るくらいの少しタフなコースだ。朝飯前としてはちょうどいい。

だらだらと一キロほど続く経国寺までの上り坂の参道を、無理せずゆっくり登っていく。森を抜けてくる気持ちのいい涼風は、ほどよい湿り気を含んでいて、吸い込むと体を浄化してくれるような気がする。

体が温まってきて、額に少し汗がにじんできた。高低差五メートルほどの石段を一気に登りきると、経国寺の境内に入る。阿弥陀堂と庫裡の間の石畳の上を駆け抜けたところで、前方にこの厳かな境内には似合わない真っ赤な人影が目に飛び込んできた。

それは、この寺の住職の娘さんで、確か、舞子さんという名だ。四年前にここに来たときも俺はこのコースを走った。そして、ちょうどここで竹箒を持って境内を掃除していた彼女にぶつかりそうになったのだ。

今朝も同じように竹箒をもって庭掃除をしている。あのときは、相手を避けるためにバランスを崩して二人とも尻餅をついてしまった。俺は慌てて彼女の手をとって起こしたのだが、彼女は俺の顔を見て頭を下げてそのまま庫裡に入ってしまった。

俺は「ごめんなさい」のひと言も言えなかった。あのときの彼女は、まだ中学生くらいだったのだろう。あとで、彼女が住職の娘さんで舞子さんという名前であることを婆ちゃんから教えてもらったのだ。

まさにその彼女だった。彼女も俺のことに気がついたようだ。お辞儀をしてくれた。俺はゆっくりと彼女の方に向かった。

あれから四年。もう高校三年生くらいだろうか。さすがにあのときの初々しさは影を潜めているが、それ以上に美しくなったと思う。

上下真っ赤なジャージを着て、足元は白いスニーカーという姿でありながら、体型は既に成熟した女性のものになっている。

学校で咎められない程度に少しカールを施したポニーテールと、眉にかかるくらいの柔らかそうな前髪が、化粧をしていない色白の整った小顔を引き立てている。

「ええと。舞子さんでしたよね」

「中村先生のところの、翔太さん」