鬼の角

会話が途切れたタイミングを見図って、ここに来て初めて父が口を開いた。

「親父、お袋、ご無沙汰しました」

父が正座しなおして初めてちゃんと挨拶をしたので、俺はホッとした。

「ああ……」

爺ちゃんは、俺の怒りは収まっていないぞ、といった顔でムスっとして返事する。

「由美さんは一緒じゃないのかい?」

婆ちゃんは意地悪ではなく、当然の疑問を口にした。もう毎回のことになっているのに、単に忘れているだけなのだ。父が言いわけをしようとするのを遮るように爺ちゃんが婆ちゃんに言う。

「もう夕方になるから、すぐに風呂と晩飯の用意だ。翔太と美香にはうまいもんを出してやるんだぞ」

「はいはい。もう準備はできていますよ。いつでもお風呂に入れるから、みんな順番に入りなさい」

「それじゃあ、わたし一番に入る」

美香が婆ちゃんと一緒に部屋を出て行くと、男ばかりでなんとなく気まずくなったのか、爺ちゃんが俺に話しかけてきた。

「翔太。おまえ大学で何を勉強しているんだ?」

「政経学部だよ。政治経済を勉強するんだ。専門課程は二年の後期から始まるから、政治学を専攻しようかと思っているんだけど、今はまだ教養課程だから数学、英語、フランス語、社会学、心理学、日本国憲法とか、まあいわゆる一般教養を勉強しているよ」

「そうか、政治経済か。それはいい。爺ちゃんはな、この片田舎でその政治経済を実践しているんだ。いいか、こんな小さな村でもひとつの社会単位だから、国政と同じように政治経済理論がちゃんと適用できるんだぞ。爺ちゃんはな、この社会を如何に安定的に発展させるか、目下全力で取り組んでいるところなんだ」

「でも、この村は過疎化地域じゃないの?」

「今は確かにそうだ。だから、この村を発展させるためには、過疎化を食い止めるというのが当然の前提条件だ。それを食い止めてその上で発展させる構図を描かなければならないんだ。

爺ちゃんはな、この村を発展させる構図をきっちり描くことができさえすれば、この地の魅力も発信しやすくなるから過疎化も自然と食い止められると思っている。

つまり過疎化対策と発展策は表裏一体なんだ。まあ、そんなことをいろいろ考えるのが爺ちゃんたち村会議員の仕事というわけだ」