「でも発展策って、こんな田舎で本当にそんなことできるの?」

「翔太。爺ちゃんを見くびるんじゃないぞ。爺ちゃんのここには既に青写真が描かれているんだ」

爺ちゃんは、人差し指で自分のこめかみをちょんちょんと突っつきながらそう言う。

「ふーん」

「そのうち翔太にも伝授してやらんといかんな」

伝授という言葉に俺はちょっとひっかかったが、父は意に介すこともなくただ黙って聞いているだけだった。このときは爺ちゃんが何を考えているのか想像すらできなかった。

風呂から上がったあと、みんなで婆ちゃんの手料理をご馳走になった。その際、爺ちゃんからは入学祝として俺と妹に五万円ずつ、祝儀袋に入った現金をくれた。さすが爺ちゃんは、もらって嬉しい物が何かよく心得ている。

めったに使わない高級万年筆とか、こちらの趣味を聞きもせずに買い与えられる衣料品とか、図書券みたいに使い途が限定される物は、気持ちこそありがたいがそれほど嬉しくはないものなのだ。

その夜は、婆ちゃんのご馳走を食べたあと、みんな疲れていたから早々に床に入った。

トントンと、まな板の上で包丁を使って何かを切っているかすかな音が、遠くから聞こえてきて目が覚めた。枕もとのスマホは六時五分を表示している。雨戸の隙間から漏れ込んでくる細い明かりが、障子戸に当たって部屋の中をぼんやり明るくしている。

昨夜、床に入ったのが十時過ぎだったから、睡眠時間は十分だ。目覚まし時計の大きなアラーム音で、心臓がバクバクするような起こされ方をするのとは違って、気持ちのよい自然な目覚めだった。

遠くのキジバトの鳴き声、近くの小鳥のさえずりが漏れ聞こえてくる。夏至も近いこの時期だから、夜が明けてからもう一時間以上は経っているはずだ。

父と妹は、まだ夢の中のようなので、俺は枕もとに置いてあったスマホとポリ袋を掴んでそっと部屋を抜け出した。

「お婆ちゃん、おはよう」

婆ちゃんは、大きな鍋で何か煮物を作っているようだった。根菜類のいい香りがあたりに漂っている。朝からこんな料理をするなんて、母だったら絶対にありえないと思った。

俺たちの朝食といったら、トーストか菓子パンに牛乳かホットコーヒー。たまにハムエッグが出るくらいだ。母がこの田舎に帰省しないのは、嫁として「お客さん」では居られないということが大きな理由かもしれない。

婆ちゃんの台所仕事を手伝わなければならないという気持ちがあるものの、こんな早朝からこんなにしっかりと料理をするなんて考えられない、ということだろう。確かにこれでは母にとっての帰省は、心身ともに疲れに来るようなものかもしれない。

【前回の記事を読む】廊下を進んだ先には板壁ではなく、隠し扉が...。どうやら、扉は表と裏を隔てるように設置されているらしい。

次回更新は10月27日(日)、22時の予定です。

 

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