彼女も俺のことを知ってくれていた。この四年間、なんとなく想像していたとおりの透き通った声だった。

「あのときは、ぶつかりそうになったのに、お詫びも言えなくて本当に申しわけありませんでした」

俺は頭を下げた。それは、俺の本心だった。

「いえ。わたしの方が何も言わずに走り去って、失礼なことをしたんです。ごめんなさい」

「いや、そんなこと……」

そのあと気まずい沈黙があったが、互いに次の言葉を探しあぐねている様子に、思わずふたりとも笑ってしまった。

「また会えてよかったです」

これも俺の本心だった。

「いつまでここにいらっしゃるのですか?」

「父が、仕事が忙しいので、たぶん六日には東京に戻ることになると思います」

「そうなんだ……」

ちょっと寂しそうな呟きが聞こえた。俺は、ここに居るあいだにもう一度会いたいと思った。彼女もそう思ってくれているような気がする。でも、「お茶しましょう」なんて言えるところが、この田舎町のどこにあるのだ。

「俺は暇だから、この村を案内して欲しい」とか、こんな小さな村、もうほとんど知っているのに、そんな歯が浮くような嘘は言えないし……。

「毎朝、ここをこの時間に走ります。あっ」

あまり考えもせずに、俺はそんなことを口走っていた。だが、それが「毎朝ここで待っていてくれ」と言っているようなものであることに気づいて、まずいと思った。どう言いわけしようかと思っていると、そんな俺を彼女が助けてくれた。

「それじゃあ、わたしは毎朝この沿道で応援させてもらいます」

機転が利くというのか、頭のいい子だと思った。だが、いつまでもこうしてはいられない。明日もまた会えるということで、踏ん切りをつけた。

「それじゃあ、また明日」

俺が明るくそう言うと、彼女も「はい」とひと言こたえてくれた。

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次回更新は10月28日(月)、22時の予定です。

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