中村家は、江戸時代中期にこの地を支配する殿様から名字帯刀を許されて以来、約二百五十年の長きに亘って、この家を守るために長男による一子相伝の相続をこれまで営々と続けてきた。中村家の当主は、この家で息子の一世一代の婚礼を催すことで、自分の跡継ぎであることを公にするという習慣を引き継いできたのだ。

「それじゃあ、父さんもこんな形で母さんと結婚したの?」

「いいや。俺にはこの家を継ぐ資格がなかったから……」

なんだか語尾が薄れて、意気消沈しているように聞こえた。

「資格?」

「そうだ」

「何なの? 資格って」

父は、俺に中村家の秘事を告げるときが来た、と意を決したのだろう。持っていた箱をその場に下ろし、大きく一息ついてからおもむろに話し始めた。

「爺さんの頭にできものがあるのをおまえたちも知っているだろう?」

そういえば、爺ちゃんの白髪の中でも薄くなっている頭頂部のやや左側に、何やら尖ったできものがあるのを知っている。

「あれが代々引き継がれている中村家の当主となるための資格なんだ。「(しるし)」と呼ばれている」

頭のできものがその資格だって?

「父さんには……その印はないの?」

「ああ。体中どこを探してもない。でもな、後天的にできものができるように印ができてくる場合もあるというから、爺さんはそれを気長に待ってくれていたんだ」

「でも、できなかった」

「そうだ。これまでのところはな」

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次回更新は10月30日(火)、22時の予定です。

 

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