波奈は文子にその話を聞かせた。

「私、その話、少し知ってるわ」

「え! どうして?」

波奈はびっくりして、文子にたずねた。

「本で読んだことがあるの」

文子は一人で静かに本を開いていることが多い。昼休み、波奈はみんなと校庭で走り回っている。ときどき、いっしょに遊ぼうと、文子に声をかけるが、顔をあげてちょっとニコッとするだけ。

そんな文子と、いつ仲よくなったのか、よく覚えていない。

「松本清張(まつもとせいちょう)の推理小説にあったわ」

「じゃま! じゃま! こんなところで、立ち話するなよ!」

六年生の顔見知りの男子に言われて、波奈と文子は、あわてて壁(かべ)ぎわに寄った。

「ねえ、文ちゃん。二時ごろ、うちに来ない? さっきの話も聞きたいし」

「わかった。二時ね」

校門前で、波奈と文子は別れた。二人の家は反対方向にあるのだ。文子は去っていく波奈の後ろ姿を、しばらく見ていた。

五年生になってから、文子は、自分がちょっと変わっていることに気づいた。文子の父は電線をつくる会社の製造課の課長で、会社は都内にある。仕事をするときは制服に着がえるが、電車通勤のため背広にネクタイで出かける。

残業が多く、帰宅はいつも遅(おそ)い。母は専業主婦、いつも家にいる。それほど変わった家庭とも思えない。

変わっているのは文子自身だ。

「文ちゃんて、すごいね」

仲よくなった星野波奈から言われたのだ。

「えっ? 何が?」

「すごい記憶力(きおくりょく)じゃない」

波奈に言われるまで、気がつかなかった。みんながそうだと思っていた。

「本を読んでいても、カメラみたいにカシャッ、で、一ページ分が記憶できるんでしょう」波奈がうらやましそうに言った。でも、実はそれほどたいしたことじゃないのだ。

カシャッで覚えることができても、内容が理解できているわけじゃない。記憶(きおく)と理解は別なのだ。

波奈のほうがよっぽどいい。明るくだれとでも話ができる。私はダメ。いつも一人で静かに本を読んでいる。

本は大好きだ。とくに物語。読んでいるとまるで頭の中は映画館。退屈(たいくつ)しない。中学二年生の兄はそんな文子にあきれている。

「よく、こんな天気のいい日に、家にいられるよな。モヤシになっちゃうぞ」父も母も心配するのだ。うるさいので、休みの日はコブナ図書館で過ごす。

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