「知り合い? だったら、お礼、言っといて」

女はぎこちなく返すと、小さい字がびっしりと並んだノートへ視線を戻した。

「待って。十円玉を切らしていたんなら、別の硬貨を使えばいいだろ? 十円玉にこだわる必要はなかったと思うけど」

「私は、ここで、釜玉うどん、食べたかっただけ」

顔も上げずに、気のない返事。彼女の性分なのか、言葉がぶつ切りで妙にたどたどしく、無愛想なことこの上ない。

「もしかして、手持ちがまったくなかったとか?」予想が的中したようだ。女は手を止めたまま、鉛筆の先をじっと見詰めている。

「貧乏で、悪い? 誰にも、迷惑、かけてない。もういい?」

目的の質問はまだだが、これ以上会話を続ける気はないらしい。辛うじて硬貨の謎だけは解明できたので、あとはこの結果を持ち帰ってお茶を濁すしかなさそうだ。

そうと決まれば、長居は無用のはずだった。しかし、なかなか腰が上がらない。それだけではなかった。驚いたことに、もっとこの女のことを知りたくなっている。

最初に女の返答を聞いたときから、ずっと気になっていた。独特の抑揚、懐かしい響き、そしてどことなく見覚えのある雰囲気──。

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