海智はその様子を後ろの席から見て腹の底から湧き上がってくるような憎悪を感じた。無論梨杏に悪臭などするはずがない。むしろ、桃加の方が近くを通り過ぎるだけで化粧品の臭い匂いがして頭痛がするくらいだ。
それに授業など最初から真面目に受けるつもりもないから毎回試験に落ちるのも完全な自業自得だ。言い掛かりも甚だしい。
海智は梨杏に何か声をかけてあげたかったが、公園の件もあってか、ためらいの方が勝った。それに桃加も高橋三人組も今まで何人も弱い者を見つけては苛め抜くことを繰り返してきたような奴らだ。
梨杏を庇えば海智も標的にされることは明らかだった。だが、それを理由に何もできない自分が臆病のようで彼は余計に悔しかった。
今度梨杏に何かあったら自分が何とかしなければいけないと海智は思ったが、彼女がどういうことをされるのかも分からない上、それが起きたところで自分に何ができるのか、それを実行に移す程の度胸が自分にあるのか全く不安だった。
それでも何か自分にできるだけのことはしよう、ただ黙って見ているだけでは公園で勇気を奮って自分に告白しようとした彼女に面目が立たないと、悩みながらも彼がそう心に決めた十二月頃から梨杏は学校に来なくなった。
あれだけのひどいいじめを受ければ誰だって不登校になる。これが問題になって桃加達の悪行が暴かれれば小気味がいいのにと海智は期待したが、一向に何も起こらなかった。桃加は「キモイのがいなくなってせいせいしたよね」と周囲に悪口雑言を吐いて平然としていた。
今までにこの学校の教師が生徒の不登校の理由を調べたり、改善策を考えたりしたことがあるとはとても思えなかった。梨杏の不登校について担任も一言も触れようとしなかった。まるで最初からそんな生徒はいなかったかのように済ましていた。
残された希望は、梨杏の家族が学校や教育委員会に訴え出ることだろうが、海智にはどのような状況になっているのか知る立場になかった。だから悪人どもが跳梁跋扈するのを座視するしかなかった。
そんな胸糞悪い気分で毎日を過ごしていたが、二か月が過ぎて進級が間近になる頃には海智も梨杏のことは殆ど忘れてしまっていた。
【前回の記事を読む】焼身自殺を図った女子高生。鞄の中に生ごみを入れられたり、机におぞましい悪口を落書きされたりしていた。
次回更新は11月24日(日)、11時の予定です。