眠れる森の復讐鬼
そんなことが続いているとクラスの中には「ああ、あの子はいじめのターゲットなんだな」という共通の差別意識が働いてくる。そうなってくると彼女に話しかけたり、彼女を擁護することはタブー視されることになる。対象者をクラスの中で孤立させることがいじめる側の狙いなのである。
そのように外堀を埋めてから、いじめの黒幕はSNSの書き込みに姿を現した。
「あいつ本当にキモイよね。何で学校に来んの?」
「黒魔術でもやってるんじゃない?」
「早く死んだ方がみんなのためって気づかないのかね?」
などと、心無い書き込みがクラス全員が目にするサイトでやり取りされたが、その多くは同じクラスの宇栄原(うえはら)桃加によるものだった。
桃加は学校にもけばいメイクをしてくるようないわゆるギャルだった。グレージュのロングヘアに、バサバサのつけまつげ、カラコン、アイライン、アイシャドウとギャルに必要な要素は一つも欠かさない気合の入れようだった。明らかな校則違反だが、教師達はそんなことをいちいち指導するような熱意は持ち合わせていなかった。
海智はギャルだからどうだと差別するつもりはない。ギャルだって性格の良い女は大勢いるだろうが、殆どのギャルがそうなら桃加はまさに例外だった。常に取り巻きの女子を数人引き連れて烏のようにぎゃあぎゃあ騒いでいるのがいつも耳障りだった。
桃加の手下は女子だけではなかった。このクラスで最も質の悪い三人、高橋漣、石川嵐士、中村大聖も彼女には一目置いていたのである。この四人がよくつるんで馬鹿騒ぎをしていたのが今でも記憶に残っている。
ある日の休み時間に桃加は三人の女子を引き連れ、梨杏が座っている机の前にやってきて彼女を取り囲んだ。桃加は偉そうに腕組みをして梨杏を上から睨みつけた。
「あんたってさあ、本当にキモイよね。あんたが目に入るとめっちゃイライラするんだけど。それに何か臭くない?」
そう言われた梨杏は恐る恐る右腕の匂いを嗅ぐ仕草をした。それを見て桃加はさらに拍車をかけた。
「授業中も私の所まで臭い匂いが漂ってくるんだからさ。授業に集中できないじゃない。試験落ちたらあんたのせいだからね。みんなに迷惑かけていることをもっと自覚してよね」
「ごめんなさい・・・・・・」
うつむいて平謝りする梨杏を見ると、桃加はぞっとするような笑みを浮かべて立ち去った。